「あと、シャンディガフ一つ」
「あ?」

 「以上で」と切り上げると店員が慣れた手つきで手元の機械を操作しながらハキハキと注文内容を繰り返し始めた。間違いがないという意味を込めて頷くと「失礼しまーす!」と言ってテーブルから離れていった。
 元気な子だなあ、同い年ぐらいかなあと一通り目で追った後、視線を目の前の諏訪に戻すと訝しげにこちらを見ていた。目は口ほどに物を言うもので、こいつが言いたいことは大体予想がつく。

「カシオレじゃねえのかよ」

 ほらねえ。諏訪には絶対このことを指摘されると思っていた。
 諏訪と居酒屋に行くことは珍しくもないので、注文する酒の内容や順番もパターン化されており、嫌でも把握してしまうのはお互い様で。酒に弱い私が一杯目からシャンディガフを頼んだことは諏訪に虚を衝かせるには十分だったらしい。

「最近飲むようにしてて」
「へえ〜〜。で、酒に強くなったのかよ?」
「そんなすぐに強くなるわけないじゃん」

 ニヤニヤしながら聞いてくる諏訪を適当にあしらいながらお通しの煮物に手をつける。空きっ腹のアルコールは確実に酔いが早く回るからその予防だ。正確にいうと、念には念を入れてここに来る前に少しつまんできている。
 話の花が咲く前に、諏訪が頼んだ生ビールと私が頼んだシャンディガフが運ばれてきた。注文を取ってくれた店員とはまた別の人だった。

「それじゃとりあえず、おつかれさまー」
「お疲れサン」

 特に意味もなく、乾杯の音頭代わりに互いを緩く労わり合う。諏訪のジョッキと私のグラスがガチャリと氷がぶつかり合うような音を立てた。
 ボーダーで何か成し遂げたり、プレゼンやレポートが終わったとか、特別何かを乗り越えたわけでもない。諏訪は見ているこちらが気持ち良いぐらいの飲みっぷりで、真似るようにグラスを煽ってみた。しかし、炭酸特有の刺激と未だに慣れないビールの苦みに喉が早々に拒否反応を出し、二口でグラスを机に置いた。やっぱりそう上手くはいかない。

「なぁーんだ、全然じゃねえか」
「だから言ったでしょ〜! そんなすぐに強くならないって!」

 わかりきったことをわざわざ言わないでよ、いいよね諏訪はお酒が強くて、という二重の意味を込めてわざと恨めしく諏訪を睨んだが効果はいま一つのようだった。
 私の真意など知らず諏訪はパクパクとお通しを食べ終え、ドリンクと一緒に運ばれてきたつまみに手を出し始めた。私もグラスから手を離し、代わりに箸を持ってからあげを1個つまんだ。

「それを飲まなきゃならねー飲み会でもあンのか?」
「……別に、ないけど。一杯目がビールっぽい方がよくない? せめて形だけでもと思ってさ?」
「へーへー」
「ちょっと、聞いといて何その態度」

 普段飲みに行くメンバーは酒に強い人ばかりだが、理解がある人ばかりなので良い。まあ、大体がボーダーの人間なのだが、良識ある大人が多いおかげで治安は保たれていると思う。
 でも、いつもそうとは限らない。一杯目は生ビールが当たり前という考えを持つ人間と一緒に飲みに行くと、酒が弱いアピールをしているだの嫌みな「可愛い」を言われたりすることがある。監視役がいない学生だけで仕切られる飲み会のほとんどもそんなものだろう──酒が弱いからアルコール度数が一番低いカクテルしか選択肢がないというのに。

「まーた誰かに何か言われたのかぁ? 気にすんなっての」
「……お酒が飲める諏訪にはわからないよ」

 しまった。八つ当たり染みた発言をしたことに気が付いて思わず諏訪を見るが、特に気に留めてもいない様子で枝豆を食べながらメニュー表を眺めていて拍子抜けた。別に心配してほしいとか気にかけて欲しい訳でも無かったが、こうも反応が薄いとは。
 いや、寧ろこの反応の薄さに感謝しなければいけない。自分のくだらない沽券のために勝手に慣れないものを注文して、飲めないことに嫌気がさして勝手に諏訪を羨んだのは私だ。

「無理するような飲み会に行くの止めちまえばいいンだよ」
「人付き合いってのがあるじゃん……」
「その“人付き合い”ってのはにとって必要なモンなのか?」

 諏訪の言う通り、私の言う“人付き合い”は八方美人を保つためのものだけで、中身などない。正直しんどいし、こうやって諏訪と酒を飲む時ぐらい好きなものを飲み食いしたい。友人を作ると意気込んでむやみやたらと色んなコミュニティに顔を出してしまい、後戻りできなくなってしまって今に至る。
 諏訪に図星を刺され、上手く言葉が発せないことを誤魔化すようにグラスを傾けるが、一向に中身は減らない。身体が炭酸の刺激とアルコールの苦みを拒否して口も喉も開かない。でもまあ時間稼ぎには丁度いいと思っていたら急にぐいっと口からグラスが離れていってしまった。突然の出来事だったため、口から酒が零れていないか確認しようと手の甲で拭っている間に、諏訪に奪われたグラスはもう中身が無くなりかけていた。

「ちょっと、急に何するの!!」
「はぁ〜〜っ、やっぱ生が一番だな」
「……じゃあ飲まなかったらいいのに」
「あ? いいからお前は次何飲むか選んどけよ。時間制だし」

 諏訪はぶっきらぼうにそう言って、メニュー表を私の前に差し出してきた。ここはグラス交換制だから、新しいドリンクを注文するためにはシャンティガフを飲み切る必要があった。
 諏訪は最初から、私がシャンティガフを飲み切れないことをわかっていたんだ。それで、私がどこまで頑張れるか一応見守ってくれていたのだろう。言っていることと思っていることはちぐはぐだがこれが彼なりの優しさだと気づくと、意地を張って素直にお礼が言えない自分がちっぽけに思えてきた。

「……ありがとう。それと、八つ当たりしてごめん」
「俺も不躾に余計な事言って悪かったよ」
「ううん。諏訪の言う通りだし」
「おう。だったら早く何飲むか決めろ」
「じゃあオレンジジュースにしよ。諏訪は?」

 この流れでカシオレを選ばなかったのは、少量と言えどアルコールを摂取したことに変わりはないため念のためにソフトドリンクを挟むことにしたからだ。それに対して諏訪はいちゃもんをつけたりなどせず、メニュー表を見ずに「生とたこわさ」と、簡潔に返してきた。

「別に酒が強いからって強い奴と飲みてえ訳じゃねえんだよ」
「そうなの?」
「おお。楽しいのがイチバンだろ」

 追加注文をし終えたタイミングで、諏訪が不意に口を開いた。その意外な言葉に思わず目を瞠る。諏訪がから揚げを摘まんだのを見て、私も食べたくなったので追いかけるように箸で一個摘まんだ。ここのから揚げの衣はパリッとしていてすきなので、来たら必ず注文しているようにしている。

「現に俺はこうしてお前と飲みに来てるし」
「……うわ、なんかすごい盲点だったわ」
「まあそういう勘違い野郎の集まりもあるし、俺も飲み比べしたりすることもあるけどよ、それを他の奴に強要するのは違うって話」
「だから気にするなってこと?」
「そういうこと」

 最後のから揚げは諏訪がさらって行った。次に店員が注文した品を持ってきたついでに下げてもらえるように空いた皿を机の端に寄せると「サンキュ」と短いお礼が返って来る。
 大げさだが、諏訪とこうして酒が飲める時間が確実に確保できるのなら、他の人付き合いは要らないなと思ってしまった。飲み会を断って非難されたらその程度の付き合いだったということだしシロクロつけられていいのかもしれない。その付き合いだけが全てではないし、私にはボーダーがある。

「アレだぞ、俺は無理に猫被ンのを止めろって言ってンだぞ」
「、うん」

 もちろん諏訪は無理に自分を繕うのを止めろと言いたかったことぐらいはわかっている。わかっているが、またも諏訪に心の中を読まれて内心ドキドキしている。
 また諏訪に心を読まれる前に運ばれてきたオレンジジュースをすぐに飲み干し、メニュー表を彼の前に突き出して何か食べたいものがないか催促した。ちなみに次はカシオレを頼む。



くつを脱いではだしになって(201122)
title:casa