若村に怖いと思われてることは、なんとなく気付いていた。それは放課後の教室で、ボーダー基地のラウンジで、あるいは町のカフェで、いつも向かい合って座っているときにうかがい知ることができた。
 まず目の下の筋肉に力が入る。眉間に皺が寄って、唇を真横に引く。あ、と思ったときには顎を引いていて、まるでわたしが変なものを食べたみたいな顔をするのだ。わたしはカエルでも食べただろうか?思って瞬きしても、若村の気味悪そうな表情は変わらなかった。
 若村が睨むのは怖がっているからだ。そのことに気付いてからもわたしは特に変わらず、彼のことを愛し続けていた。


「若村と同じことしてるだけじゃん」


 ポツリと呟く。寒空の下、一人の帰り道、空の具合はよくない。分厚い雲に覆われて、基地にいる間に降り始めるだろう。今日は夜のシフトが入っているからちょっと憂鬱だ。トリオン体は寒さを感じないから関係ないのだけど。

 唐突に、何者かになった気分で、ハッと顔を上げる。そうしたら、向かいから彼が歩いてきている気がしたのだ。もちろんそんな都合のいいことは起こらず(あるいは想い合ってる二人なら可能性はあったかもしれないが)、わたしの目の前にはアスファルトの道路と、さらに遠くにボーダーの基地が見えるだけだった。

 なんだか気落ちして、がっくり肩を落とす。あーあ。かなしい。

 わたし本当に若村のことすきなのかな?自信は実は、あまりなかったりする。でも香取隊の作戦室に遊びに行ったときやたら静かだった若村とか、そばで黙々と勉強していた染井ちゃんとか、あの妙にほわほわする空間が気にならずにはいられなかった。わたしの勘違いかもしれないなんて可能性は次の日、本人に問うた瞬間消えた。若村は見事言い当てられ目を見開き頬を赤くし、同時にわたしは彼をすきになった。


「普段の若村に対して特に何かを思ったことはなくて、人としてはどちらかというと出水くんの方がすきだなあ、かっこいいよね出水くん」
「…ああそうかよ」


 リアクションに困っているらしい。ついでに迷惑そうに顔をしかめていらっしゃる。染井ちゃん相手じゃないとこんな風に不遜な態度を隠さず接してくる。こういうときの若村に特別な感情を抱いたことはなくて、すぐに思い出せるクラスメイトの出水くんの顔に対して、いい釣り目をしてる、と感想を述べる。若村は呆れたように一つ溜め息をつき、目の前の紙カップに手を伸ばした。蓋が閉まってるので中身が何かは知らない。ラウンジでそれを受け取った若村を見つけて作戦室までついてきたのだ。


「おまえは俺のこと、……見世物か何かだと思ってんだろ」
「そんなことないよう、若村のことは……口にするのは恥ずかしく思うときがあるよ」
「は?……ああ……言い方が悪い」


 いっときでも好ましく思うだけでも充分じゃないの。出水くんの目より君の態度や表情が圧倒的にすきなのだ。もちろん、それは決まった状況下に限られるけれど。うんざりしたみたいにストローを吸う若村にときめきはしない。だから見世物なんかと思われるのだろう。
 訪れた沈黙の中、ピッと機械音が聞こえる。それからシャッターの開く音。


先輩、こんにちは」
「またいんの?」


 学校終わりの二人がやってきたようだ。礼儀正しい染井ちゃんとは対照的に呆れた顔の香取ちゃん。若村越しに手を振る。後ろを振り返った若村が、染井ちゃんを視界に入れた瞬間顔を固くして、それから平静を装うみたいにおとなしくなる。そんな表情の変化を斜め後ろから見て、わたしはぐんと口角を釣り上げた。

 それに気付いた若村がわたしに首を向ける。彼の目の下の筋肉に力が入る。眉間に皺を寄せて唇を真横に引く。あ、と気付いたときには顎を引いていて、そう、わたしを怖がっていた。



それでもいいと言ったじゃない(180203)
title:金星