幼馴染の哲次くんの影響を受けて、少し前にボーダーに入隊した。入隊式では、嵐山隊って本当に存在するんだと感動したのを今でも覚えている。そして、幼馴染のよしみで元アタッカーの哲次くんに普段は稽古をつけてもらっている。

、今日は鋼に相手してもらえよ」
「えっ」

 今日も今日とて、訓練に付き合ってもらおうと荒船隊に顔を出したのだが、こちらから申し出るよりも先に断られて胸がドキッとした。鋼というのは、村上鋼くんのことだ。私と同じボーダー所属のアタッカーである。こんな言い方をするとまるで同期のような響きだが、私は彼のように県外からスカウトされた訳でもなければB級でもないC級のアタッカーだ。ちなみに同期と言えるほどそこまで親しくもないが、入隊早々合同訓練で驚異の実力を発揮したり、本部にでっかい穴を開けたりといった濃い同期はいる。

 扉から顔を出した哲次くんの隙間からちらっと中を覗くと、倫ちゃんと目が合い、手を振ってくれた。小さく私も手を振り返していると頭上から不満げな声が聞こえたので慌てて意識を目の前の幼馴染に移す。

「聞いてんのか」
「ごめんって!! ……わかった!!」
「…まだ慣れねえか?」
「う、う〜〜ん」

 哲次くんが私の相手をできない時は、村上くんが私の訓練に付き合ってくれているのだけれど…実は、村上くんのことが苦手だったりする。あまり多くを語らない彼の性格と、私の人見知りが見事に私たちの距離を縮まらせてくれないのだ。話し手か聞き手かで言うと、私たちはどちらも後者だ。話が弾むには相当の時間を要する。決して村上くんのことが嫌いな訳ではない。ドンくさい私の訓練にしっかり付き合ってくれるし、アドバイスも的確だ。気まずさという点が苦手なだけなのだ。C級のモブがボーダーでも有名な人に稽古をつけてもらっているのに贅沢言ってんじゃねえという話ですよね、わかる。

「早く打ち解けろよ。ずっとそんなんじゃ上達するモンも上達しねえぞ」
「わかってますう〜…」
「悪い奴じゃねえから」
「哲次くんより優しいのは知ってる」
「テメェ!」




、少し休憩しよう』
『え、あっ、うんっ!』

 村上くんの提案もあり、仮想訓練モードをOFFにし、訓練室から出る。村上くんはこうしていつも休憩を挟んでくれるので大変ありがたい。ちなみに哲次くんはめったに休憩を入れてくれないから優しくない。無限に訓練できるからって、休憩要らない訳じゃないんだからね! 精神的な疲労はあるんだからね! 二人してラウンジへ向かい、目指すは自動販売機だ。いつもの休憩と同じ流れである。つまり、訓練室からラウンジまで私たちに会話という会話はあまり存在しない。あの場面ではどういった動きをしたらいいのか、といった村上くんからの助言に首を縦に振る程度だ。

「むっ、村上くん!!」
「え?」
「今日は私が奢ります!!」
「え、」
「何がいいですか!!」

 村上くんが断らないように勢いよく言葉を畳みかけつつ、二人分のお金を投入口に押し込む。村上くんも、普段自分に大きな声で話しかない私に少なからず驚いているようである。今日こそ、今日こそ村上くんとの関係性に変化を起こすぞ! という意気込みも兼ねて、自動販売機作戦を決行した。実は訓練中に思いついた。だからそれまでの訓練はいつもより集中できてなくて酷かったと思う。それでも見捨てず怒らずしっかり稽古をつけてくれた村上くんはやっぱりいい人だ。いつも訓練に付き合ってくれているお礼も兼ねている。

「…じゃあ、コーヒーで」
「コーヒーだね! コーヒーは…っと、 はい!」
「ありがとう」

 乱雑な音と共に缶コーヒーが取り出し口に落ちてくる。村上くんの分を先に渡してから自分の分を手に取り、近くの空いていたテーブル席に座る。

、今日は調子よくないのか?」
「な、なんで…?」
「いつもより動きが鈍く感じたから…気のせいだったらごめん」

 そう言って村上くんは間をもたせるように缶コーヒーに口をつけた。全くもって村上くんの気のせいではない。事実である。ということを伝えたくて言葉だけでなく身体も使って否定する。首と両手を振り過ぎてちょっと三半規管がおかしくなりそうだった。

「きっ気のせいじゃないよ! 村上くんが謝ることない!」
「やっぱり調子悪いのか?」
「それは、その……」

 どうやって説明しよう。事実を伝えればいいだけの話だが、彼に余計な負い目を感じさせたくない。彼は優しいから、きっと責任を感じてしまうだろう。実は席に着いて一服したら好きな食べ物の話でも持ち掛けてみようと思っていたので、予想外の流れになってしまって先ほどの勢いもどこかへ行ってしまった。

「いや、話したくないならいいんだ」
「……は、話す前にお願いしたいことがあります」
「なんだ?」
「これから話すことに、負い目を感じずに聞いてほしい、です」
「…内容によると思うけど、わかった」
「あのですね…」

 上手い言い回しも言い訳もできないと悟り、せめて彼に嫌な思いをさせないようにという前置きしかできなかった。そして赤裸々に前半の訓練での動きの鈍さの原因について話した。

「…でも気持ち切り替えて訓練は集中すべきだったって今は思う。ごめんなさい…」
「いや、いいんだ。話してくれてありがとう」

 前置きのおかげか、思っていたよりも村上くんから負のオーラが滲み出ることはなかった。そして村上くんも私との仲をどうにかしたいという思いはあったようで安心した。緊張しながら話したから喉が渇いた。

「という訳で…まず好きな食べ物の話を私は持ち掛ける予定でした」
「わかった。俺は白米が、」
「え!? 白米!?」

 コーヒーで乾いた喉を潤そうとしたら、彼の口から自分の好物と同じ言葉が出てきたではないか。傾けかけた不安定な缶をすぐに机の上に置き直す。まあまあ大きな音がしたけど、そんなことは今どうでもいい。

「あ、ああ。あとざる蕎麦がすきだな」
「わっ、私も白米すき!」
「! そうなのか…!」

 白米がすきだとカミングアウトすると、みるみるうちに村上くんの表情が柔らかくなり、笑顔になったではないか。今まで同じ表情しか見たことなかったのでビックリした。村上くん、笑うと雰囲気変わる…!?

「うっうん! 私、なんなら白米単品でも食べれる! 周りからは批評されるけど!」
「わかるよ。おかずと食べるのも美味いけど、単品だけでも美味しいよな!」
「噛めば噛むほど甘味が増すよね…! あとお腹いっぱいになれるのすごく良い!」
「そこが白米の良いところだよな。塩おにぎりも良い」
「ああ〜〜わかる〜! 美味しいよねえ〜! 時々無性に食べたくなって作る時ある!」

 村上くんの笑顔の破壊力が凄まじい。A級の風間さんほどとは言わないけど、普段からあまり表情が変わらないしクールなイメージが強かった分、ギャップがすごい。白米のすばらしさを語れるのが嬉しくて流暢に私も喋っているが、村上くんの笑顔を見てから内心心臓がバックンバックン暴れている。とりあえず、村上くんと仲良くなれそうだということは今度哲次くんに報告しようと思う。



花ひらくとき(190107)
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