「蔵内のファンみたいだね」茶化すでもなく呆れるでもなく見たまま思ったままを口にしたのだろう王子にわたしは何も言い返せなかった。代わりといっては何だけど、へへっと気味悪く苦笑いしたら、王子はにこりと笑って首を傾けたのだった。

 うちの高校の生徒会長を務める蔵内は誠実であり勤勉であり親切で、おおよそ非の打ち所がない人間である。数学の教科担任に頼まれて職員室から運んでいた問題用紙を廊下に盛大にぶちまけ軽く絶望していたところ拾うのを手伝ってもらったのがきっかけでいとも容易く恋に落ちたわたしはそれ以来彼を目で追うようになり、彼の人間としての完成具合に感服したのだった。
 たまたま通りかかった惨状に何も言わず膝をついてプリントを拾い集めてくれたあと、わたしに渡して「大丈夫か」と一言案じてくれた。それまで蔵内に対して特別良いイメージも悪いイメージもなかったのが愚かだと思うくらい彼はいい人だった。
 そんなことで蔵内をすきになってから、じりじりと距離を詰めては彼の視界に入るよう画策してきた。綾辻さんとの疑惑やら狙ってるクラスの女子の情報やらで一時期はとても落ち着かなかったものの、共通点であるボーダーのつながりをフルに活用して王子とそこそこ親しくなり隊での蔵内の様子を聞くことで安心感と優越感を得ていた。ちなみに王子の目の前で蔵内に綾辻さんとの関係を追及し即座に否定されたときのわたしのあまりのホッとし具合に察しのいい彼は確信したらしかった。


?」
「えっ?」


 いろんなことがあったなあと回想にふけっていると近くで名前を呼ばれた。声が聞こえた方へ反射的に顔を向けると、なんと蔵内がいるではないか!作戦室の前で待ち伏せてたから当然なんだけれど、突然で一瞬頭が真っ白になってしまった。
 蔵内はわたしと同じ六頴館の制服をまとい、何も装飾物のついてないスクールバッグを肩にかけそこに立っていた。見るからに生徒会長然とした誠実そうな佇まいに頬が熱くなるのを自覚する。最近蔵内が何してもかっこよく見える病気に罹ってしまって心臓が忙しい。


「待たせてすまない。用があったんだろう」
「あ、うん!あります!」


 慌てて自分のスクールバッグからお財布を取り出し、入れていたそれを取り出す。「これ、」一歩近づきながら硬めのお札のような大きさのチケットを蔵内へ差し出すと、彼は躊躇うことなくそれを受け取った。


「水族館の優待券か」


 うん、とおそるおそる頷く。今朝お母さんにもらったものだった。使いたいならあげると言われて二つ返事でもらってきた。すべては蔵内と水族館に行きたいがためである。
 蔵内は自他共に認める水族館好きなので近くにあるそこへは何度も足を運んだことがあるらしかった。話を聞くたびわたしが羨望にまみれていたのを彼は知らないだろう。蔵内と二人で水族館に行きたい!その気持ちは日ごとに増し、家族で旅行に行って水族館を見つけては蔵内を思い出し、一人携帯でいろんな水族館のホームページを開いては蔵内と水族館デートする妄想を繰り返すという本人には絶対に言えないようなことをしてきた。それがついに、優待券というもっともな口実で実現するかもしれないのだ。動悸は逸るし挙動も不審になって致し方ないでしょう。


「一緒に行かない…?」


 怖々とお誘いの言葉を口に出す。どうだろう、もう行き飽きたってくらい行ってたりするのかな。一人で行きたい人種かもしれない。それに作戦室にも水族館の写真たくさん飾ってあるし、今さらって感じかも。そんな不安に襲われながら蔵内の顔をじっと見つめて返答を待つ。


「ああ。行こう」


 思いの外返事は早かった。「ほっほんと?!」素っ頓狂な声が出た。ああ、と顔を上げ肯定した蔵内に嬉しさのあまり思わずその場で飛び跳ねてしまう。


「やったーー!」
「そんなに行きたかったのか」
「うん!でも断られるかもと思って!」
が誘ってくれたんだ。行くに決まってるだろう」


「付き合ってるんだから」どきどきと胸が高鳴る。恥ずかしいけど嬉しい。先月告白してまだ一ヶ月も経ってなくて、恋人っぽいこと何もしてないし一方的にキャーキャー言ってるから王子にファンとか言われる始末だけど、蔵内もちゃんと思ってくれてるんだとわかってすごく嬉しい。ブンブンと首を縦に振り、嬉しいありがとうと口にする。
 やった、ほんとに蔵内と水族館行けるんだ。今まで散々妄想してた水族館デートが現実になるんだ。手を繋いで順路に沿ってお魚見たり屋外でペンギン見たり暗い屋内で写真撮る蔵内が見れるんだ。どうしようにやにやしてしまう!口を両手で隠し目線を床に落とす。「、何か企んでいるのか?」ギクッと肩が跳ねる。蔵内が視線を上げてわたしを見ていた。さっきと変わらない表情だったけど慌ててしまう。


「か、考えてないよ?!」
「ならいいんだが」


「そういう顔をしてたぞ」チケットへ目を伏せ、ふっと小さく笑った蔵内に思わず見とれてしまう。うそやだ、いじわるな蔵内もかっこいい…!



柔らかい砂糖屑のような(190127)
title:金星