二人してナイフの使い方がわかんないから、いつも右手だっけ?左だっけ?って話し合う。通りすがりの諏訪さんを呼び止めてどっちですか?って聞いたこともある。残念なことにわたしも海くんも記憶力があんまりよくないので、「◯◯」と答えた諏訪さんの顔は覚えてるのに肝心の答えはその場限りだった。
 近くに当てになりそうな人が通りがからなければ、数分の思案ののち「どっちでも食べられるもんね」と結論づけてハンバーグにメスを入れてしまう。今回も、諏訪さんも風間さんも嵐山さんも通らなかったので、「どっちでも食べられるよね」と言って右手に持ったナイフをハンバーグに刺した。頷いた海くんも右手のナイフをぎゅっと押し込む。傷口からとろーりとこぼれ出す薄黄色のチーズに顔がほころぶ。チーズハンバーグは温かいうちに食べるべきである。わたしと海くんの共通認識だ。一口口に入れもぐもぐと咀嚼する。


「おいしー」
「うまいね!」
「ね!」


 二人してにこにこだ。実は朝起きてから何も食べずに基地に来てしまったのでお腹がぺこぺこだったのだ。偶然海くんと会ったのでお昼を誘ったら二つ返事で頷いてくれた。海くんのフットワークの軽さはいつもありがたい。
 幼馴染みの海くんとは学校も同じだしボーダーに入ったのも一緒だった。海くんは昔から運動神経がバツグンだったので訓練生の頃からバッサバッサと相手を倒しては着々とポイントを稼いでいたのに対し、わたしは訓練こそ真面目に受けてはいたものの対人戦は苦戦ばかりしていて、B級に上がる頃には海くんはB級上位のチームで大活躍していた。
 そんな海くんの身内(?)であることは鼻が高いので、海くんが褒められているとわたしも嬉しい。奔放な彼がまだ構ってくれるのもまた、わたしを喜ばせていた。


「そういえば、今日髪の毛かわいいね」
「ん!そうなの!最近練習してたんだ〜」


 つんと人差し指で自分の頭を指した海くんにそう返す。かわいい髪飾りを買ったので、使いたいがために頑張ったのだ。へえーと笑顔になる海くんにえへへと肩をすくめる。海くんが褒められるのも嬉しいけど、海くんが褒めてくれるのも嬉しいなあ。


、最近女の子っぽくなったよなー」
「そりゃあ、わたしもう高校生だからね!」


 えっへんと胸を張ると海くんも表情をさらにパッと明るくして真似をしてみせた。「俺も高校生!」ふんぞり返るのが面白くてあっはっはっ!と二人して笑い声をあげる。合わさるとさすがに大きい声で、近くの人に不思議そうに見られてしまった。いけないいけない、と縮こまるわたし。海くんは気にしてなさそうに、「あっそうだ」と話を変えた。


「このあとランク戦しに行くからも来なよ!」
「…行く!」


 一瞬ためらって、身を乗り出すように答えた。すると海くんは「やった」と嬉しそうに笑う。弱いわたしなんかとランク戦しても海くんに意味はないはずなのに、こうして誘ってくれるのはとても嬉しいから、無下にしたくなかった。……勢いだけで了承したけど、ほんとにいいのかな。


「でも海くん、わたし相手で大丈夫?」
「え?うん。やるからには本気でやっちゃうけどね!」
「わ、わたしもだよ!」


 海くんの本気は想像がつく。こないだ8000ポイントに到達したことを嬉々として報告してくれた彼の腕前は相当なものなのだ。そんな実力差がはっきりしてる彼とのランク戦は本当にごく稀で、さらに勝ち星はほんの一、二回しかなかった。
 でも勝てなくても海くんとのランク戦は楽しいから単純にすきだ。最後にやったのはいつだったかなあ、とにこにこしながら思い出していると、海くんは頭の後ろで手を組みながらソファの背もたれに寄りかかった。知らない間にチーズハンバーグ定食は完食したらしい。


「おれには弱いみたいでさ、でもちゃんと手加減しないで戦えるようになりたいんだよね」


 その言葉の意味はよくわからなかったけれど、悪い雰囲気は少しもなかったので、そうなんだーと返した。どういう意味だろう?答えにたどり着くより先に、海くんはニッと歯を見せて笑った。


「付き合ってよ」


 一瞬、違う意味に受け取ってしまい、どきっと熱くなる。それから、ランク戦に、ということだと理解して慌てて頷いた。……び、びっくりしたあ。ちょっと海くん、思わせぶりなこと言わないでよ、驚いちゃったじゃん!そう言ったら海くんはきょとんとしたあと、またあははと笑った。


「おれも高校生だからね!」


 そう言って、海くんは得意げに片手でピースを作ってみせた。



パレットはしろい(180203)
title:金星