ラウンジのボックス席を陣取り、向かいに座る生駒と顔を突き合わすのではなくただ静かに、だだっ広いラウンジの様子を真剣に眺めていた。
 ボーダー隊員たちが仲間と小さな島を作って和気あいあいとしている様子はなんてことない日常風景なのだが、私たちにはキラキラしたフィルターが掛かっているのだ。

「あの子可愛いね」
「わかる」
「というかみんな可愛い。眼福」
「それな」
「真っ昼間から何してはるんですか……目つきやばいですよ」

 そんな私たちの視界を遮るように現れたのは生駒隊のスナイパーだった。これはこれでキラキラしているのだけれど、今はお呼びじゃない。

「ちょっ、隠岐! 邪魔!!」
「いや邪魔て。さん酷いですわ」

 (主に生駒により)イケメンと持て囃される隠岐を間近で拝むことよりも大事なことをしていたので堪らず邪険に扱ってしまったのだが、緩い笑みを浮かべるだけで暖簾に腕押しに終わった。
 隠岐の登場により漸く気が付いたことがある。机を挟んだ先に座る生駒と知らない内に同じ体勢をしていたのだ。私は右肘を突いていて、生駒は左肘を突いているからまるで鏡合わせだ。

「何って。女の子拝んでる」
「イコさん……さんになんて事言わせとるんですか」
「え、俺のせい?」

 表情を崩すことなく冷静に返す自分の隊長をスルーして、「ちょっと詰めてください」と言いながら向かい側に隠岐が腰掛けて来たので生駒と鏡合わせではなくなってしまった。奥に追いやられる生駒の図はちょっと面白かった。

「というかイコさん。なんでゴーグルしてるんですか?」
「ちょっ、隠岐。いらんこと言わんでええ」
「私もさっきから外したら? って言ってるんだけどね〜」
「ちょっ、もいらんこと言わんでええ」

 「今日はそういう気分やねん」と意味の分からない理由を並べて流したくせに、先ほどとは打って変わって生駒が慌てているように見えた。隠しているものを探されたくないような、見つけられたくない様子だ。
 何が合ったか知らないが余程触れられたくないのだろうと自分の中で結論付けて、「ふぅん」と適当に相槌を返して視線を再びラウンジに向けた。

さんも好きなんですねえ」
「だって女の子可愛いじゃん」
「はあ」
「ちょっと。自分から話振っておいてそのやる気のない相槌何?」
「そんなこと無いですって」

 空気が抜けたような相槌をされて思わず目を細めて向かいに座る隠岐と目を合わせた。別に同意や話題が広がることを期待していなかったのに、適当に返されたことに引っかかってしまったあたり自分は面倒くさい性格をしているなと実感してしまった。
 そんな心情など知らない隠岐は、別の意味で目を細めて愛想の良い笑みを浮かべている。

「ていうかさ、隠岐も室内でサンバイザー付けてるあたり人の事言えないよね」
「俺はこれ付けとかんと特徴無くなってまうんで」
「顔が良いのに?」
「えっ」
「えっ」
「えっ?」

 隠岐の言い分を聞いた上で残った純粋な疑問をぶつけると、彼と生駒の声が被った。隠岐が漸く素の表情を見せてくれたような気がする。一本取ってやった優越感を密かに得つつ、目を丸めても顔が崩れないことに感心した。
 てっきりいつもみたいに謙虚に流してくれると思っていたのに、この反応は予想外だった。いや、それにしたって生駒が隠岐と同じ反応をするのは可笑しいでしょ。誰よりも隠岐の顔の良さをいじるくせに。

「ごめん。嫌だった?」
「ああ、いや。別に……いや、ここは嫌って言うた方がええんやろか?」
「え? うん?」
「もう嫌や。隠岐に適うわけないやん」
「いや、ちゃいますってイコさん。ちゃいますから、ほんまに」
「生駒はなんで急に情緒不安定なの」

 嫌かどうかもわからないまま、突如生駒が両手で顔を覆い始めたので話が流されてしまった。結局隠岐の真意はわからぬまま、さらに頭を抱えて項垂れ始めた隣の生駒を置いて「お邪魔虫は退散しますわ」と言って立ち上がった。もしかしなくても面倒ごと押し付けたな?
 急に現れたかと思ったらすぐにどこかへ行ってしまって、なんか蝶々みたいだなと思いながら手を振ると隠岐もひらひらと手を振り返してくれた。どうやら嫌われた訳ではないらしい。
 隠岐を追って後ろに向けていた首を戻して、ボックス席の端っこで未だ項垂れている生駒を見遣る。

「ちょっと生駒。どうしたのー?」
「俺、とは気ィ合うなって思っててん……」
「うん。好みのタイプ似てるよね」
「おん。…………まあ、俺も隠岐の顔好きやで」
「あ、そっち?」
「え、どっち?」

 噛み合っていたようで噛み合っておらず、実は会話のドッジボールをしていたことに気が付いた生駒がやっと顔を挙げてくれたので目が合う。ゴーグル越しに。

「はー。隠岐が出てきた所為で予定が狂ってもうたわ」
「どんな予定?」
「女の子は好きやけどそん中でもが一番好きって言う予定──あっ」
「えっ」
「あかん。口滑ってもうた」
「いや、どこから突っ込んだら良い?」

 お上品に両手を口元に添えたが、遅いぞ生駒よ。
 きっと今は焦っているのだろう。相手の感情が伝染して収拾がつかなくなるよりはマシだけれど、告白をされたはずなのにドラマや少女漫画でありがちな反応が出来ずにいるのは明らかに生駒のペースに引きずられているからだと思う。なんだか今は変に冷静だ。
 生駒は、喜怒哀楽がしっかりしている割に表情の変化が少なく、それは声のトーンも然り。だから反応に困ることがある。ツッコミ待ちをしているのか至って真面目なのかどうか判断つかないのだ。

「生駒。今の気持ちを教えて」
「何文字以内で?」
「そういうのいいから」
「ドキドキしとる」
「まじか。だから今日ゴーグル付けてたの?」
「恋は戦争やで」
「なるほど」
「あと、ゴーグル付けた方が気合入る気がするしかっこええやろ」
「なる、ほど」

 生駒にいちいち言葉を選んでいると疲れてしまうと言いたいところだけれど、私がそれどころでは無くなってきている。告白されてもドキドキすることができない女だったのかと若干ショックを受けていたから、自分の中でそういう感情が生きていることに実は安心した。だが、遅効性なんて聞いていない。
 速まり始めた鼓動を落ち着かせようと自販機で購入したまま放置していたカフェオレを口にする。汗をかきまくっていて、もはやアイスカフェオレでは無くなってしまっている。
 味がわからないのは氷が溶けて薄まったからなのか、味を認知する感覚が鈍っているのかどっちなのだろう。

「でもが隠岐の顔好きとか言うし、隠岐も満更やない感じやったしで焦ったで」
「う、うん」
「ちなみに俺の顔は? って聞く勇気はない」
「それなんでわざわざ言ったの?」
「緊張してんねん」
「も〜〜そこはボケてよ!!」
「え、俺が悪いん?」

 ああ、本当にこいつは! わかりやすいようでわかりにくい!!
 気持ちを言語化されて、本当に緊張していることが伝わって来るしいよいよ平常心ではいられなくなってしまって半場八つ当たりで無茶ぶりを振ったけれど効果はいまひとつのようだ。
 今日はいつもより口数が少なかったのは緊張していたからだろうか。いついかなる時もマイペースな生駒が緊張しているって、よっぽどだ。そしてその原因が自分なのだから、とんでもないことをしでかした気分だ。

「──あ。じゃあ俺防衛任務行ってくるわ」
「えっ!?」
「ほな」
「ちょっ……!!」

 いや、ここで急にマイペースぶりを発揮しないで欲しかった。立ち上がってラウンジから去っていく一連の動作に一切の無駄が無くて、それはもうロボットの様に俊敏だった。
 告白をしたと言うのに、返事を求めてこないとは一体何事だ。そもそもあれを告白と受け取って良かったのか。実は告白ではなくて、そもそもラブではなくライクの意味で言ったのだったら、勘違いにも程がある。
 その可能性が浮き彫りになった途端、自意識過剰、自惚れという単語が頭上を飛び交い始めた。羞恥心を自覚した途端、顔に熱が集まり始めた。「いちいち真に受け取ったらあかんで!!」と真織ちゃんに言われたことをふと思い出す。まさしくその通りだ。その通りなのだけれど、今はそれを自分の中で上手く落とし込めそうにない。
 温くなったカフェオレではもうクールダウンも出来そうになかった。



 全てが解決した後に知った事なのだが、あの後生駒に防衛任務は入っておらず、実は隊室に戻っていたらしい。
 その時の生駒は「やばい」としか言わず、隊員が何を聞いても「やばい」としか返さなかったらしい。



されど上手くはゆかぬもの(210904)
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