「新之助! 駅前のシュークリーム買ってきたから食べよう!!」
「! 食べる」
「オッケー!! 準備するからちょっと待ってて」

 我が物顔で二宮隊の敷居を跨いだのは、事前にやり取りをして新之助の居場所を把握していたからだ。これも全て右手に下げているシュークリームを新之助と一緒に食べるためだ。ちなみに二宮が席を外していることをわかっていてここに来ている。
 勝手知ったる他人の家とばかりに、私は年下の幼馴染に声を掛けて早々給湯スペースへ直行してシュークリームを取り出し始めた。

「わざわざ買ってきてくれたの?」
「いやー? たまたま駅の近く通ったからだよー」
「ありがとう、さん」
「いーのいーの! 私も食べたかったし」

 待ちきれないのか、新之助は私の後ろから箱の中身を覗き込んできた。昔は私の方が背が高かったのに大きくなったなあ、と彼を見上げながら時間つぶしとしてシュークリームが入っていたビニール袋を畳むようお願いする。

「新之助のココア、私ももらってもいい?」
「いいよ」
「ありがとうー」

 電気ケトルでお湯を沸かしながらコップを二つ用意し、新之助に断りを入れて彼専用のインスタントココアのスティックを2本定位置から抜く。新之助はクールな見た目とは裏腹に意外と甘い物がすきだ。
 まあ多分、これ私の所為でもあるけど。3人兄妹の一番下で、弟が欲しかった私にとって新之助という存在はそれはそれはもう大きくて。弟の様に可愛がるうちに自分の好きなものをなんでも共有したがるようになっていったのだ。

 シュークリームを箱から皿へ移し終えたタイミングでカチッという控えめな音が聴こえた。お湯が沸騰する前に箱を潰してしまおうかと思ったがこれはもう後回しだ。コップに湯を適量注ぎマドラーで数回混ぜ、そのまま新之助の元に運んだ。すぐにシュークリームも持っていく。好物を目の前にして、心なしか新之助の目元が輝いているように見えたのは私の贔屓目だろうか。先に食べずに私が席に着くのを待ってくれていたようで、思わずきゅんと心臓が悲鳴をあげた。なんて可愛いんだ。

「うわあ〜美味しい!!」
「うん。美味しい」
「噂通りの美味しさだった〜」

 サクサクのクッキーシューと濃厚なカスタードクリームの組み合わせが最高だ。あまりの美味しさに思わず顔が蕩けてしまったがそれは新之助も同じで、嬉しそうにシュークリームを食べている。その様子を見れば並んで買った甲斐があったというものだ。
 頬を綻ばせながらシュークリームを口に運ぶ新之助は絵になるし、可愛い。お腹に余裕があるなら延長料金として自分の分も新之助に与えてこの時間をもう少し堪能したいくらいだ。新之助用にもう一個買っておけばよかった。

 こうして私とは普通に接してくれているが、新之助は女の子が苦手だ。メデューサと目が合ったのかと思うくらい固まってしまう。頑張っても電池切れのロボットみたいになってしまうのだ。一見クールかつスマートになんでもこなせそうな(実際、戦闘時はその通りなんだけど)見た目からくるこのギャップもあってか、一部の女の子たちには可愛がられている。実際私もその現場に出くわしたのだが、確かに可愛がりたくなる気持ちもわかってしまった。
 私とは長年の付き合いなので、初々しい反応はもちろん私に見せてくれない。だからそんな反応をする新之助が新鮮でたまらないと同時に、新たな一面を知った時から“新之助離れ”という文字がちらつくようになってしまった。

 別に四六時中この子と一緒という訳ではないが、年頃の男女にしては距離が近いんじゃないかと時々周りに指摘されることがある。そういえば、この前荒船くんにも言われたな。確かにシュークリーム片手に二宮隊に突撃する私の姿を目撃したボーダー隊員は数知れず。二宮は最早諦めたというか、私を存在しない者として扱っている節はある。
 そう思うと、まあ、自分の新之助への執着ぶりはやばいのかもしれない。別に、二宮と約束ごとを決めた訳ではないが、あいつがいない時間帯を狙って後片付けを徹底するようにしたら何も言ってこなくなった。流石にジンジャエールを勝手に飲んでしまったら蜂の巣にされるだろうか、それはちょっと試してみたい気持ちはある。

 一応、新之助もモテたい願望があるにはあるらしく(これは第三者情報だ)、もし好きな人ができたら誤解されないように距離を置いてほしいとか言ってくるのだろうか。もちろん応援はするのだが、実際そんなこと言われたりでもしたら覚悟をしたとしてもショックを受けることは決まっている。これは望に慰めてもらうしかない。

さん、手止まってる」
「えっ、ああ」

 “新之助離れ”について考えている内に食べる手が止まっていたようだ。新之助の言葉に促されるようにして再びシュークリームに齧り付くと、シューの間からカスタードクリームがはみ出てきた。クリームは重力に従ってボトッと皿の上に着地した。勿体ないので後で掬って食べよう。
 先ほどの失態を新之助に見られてはいないかと目の前の幼馴染を盗み見ると、私の事を気にするどころか自分も口の端にカスタードクリームを付けていた。まったく、可愛いヤツめ。

「新之助」
「え、」
「クリーム付いてる、よ……」

 身を乗り出して新之助の整った顔を捉え、自分の右親指にひんやりした感触を得たところで我に返った。こういう所がいけないんだろうなあ、やってしまったなあと思いながら、少女漫画の真似事はせず席を立って水道で手を洗った。

「急にごめんね!! 昔の癖でつい、……新之助?」

 気を取り直そうと明るく努めて席に戻ったのだが、新之助の様子が可笑しいことに気が付く。こんな風に私が途中で席を立つことがあっても、休まず口を動かしたり、私の様子を目で追ったりしていることが多いのだが、シュークリームを持ったままカチコチに固まっており、顔が真っ赤なのだ。側に寄ってよく見てみると少し体も震えているではないか。

「え、嘘でしょ新之助!! ……え、ちょっ、えええ〜〜!?」
さん廊下まで丸聞こえですよ。どうしたんですか?」
「ひ、氷見ちゃん!! どうしよう新之助が固まっちゃった!!」

 丁度作戦室に入ってきた氷見ちゃんに飛びついて、たった今起きた出来事を感情のまま話した。氷見ちゃんの呆れた様子の目は視線を私から新之助に移した途端、見開いた。それだけの衝撃なのだ。なぜなら、私と氷見ちゃんだけが唯一新之助と普通に接することができるから。
 そうだよ!! 私はその反応を共有したかったんだよ! と思っていたのも束の間、彼女はすぐにいつものクールな表情に戻って私に向き直った。

「ところでさん、そろそろ二宮さん来ますよ」
「え゛っ嘘!? あいつタイミング悪すぎるでしょ!! 新之助を置いていけないよ!」
「私としては同じ空間に二宮さんとさんがいる方が地獄です」
「氷見ちゃん……」
さんも二宮さんと会うのは避けたいですよね? 辻くんのことは私が何とかしますから。後片付けもしておきますし」
「〜〜〜っ氷見ちゃん!! 今度焼肉行こうね!!」
「楽しみにしてます」

 数秒、二宮と新之助を天秤にかけたが、あまりにも二宮が重すぎた。氷見ちゃんが新之助の扱いに慣れているからという安心感からきているものもあるが。
 出来た借りを忘れないように、すぐに約束を取り付けた。去り際、新之助に「またね」と声を掛けてみたが、なぜか顔を逸らされる始末で実は反抗期だったのかいきなり私にも耐性がつかなくなったのか。自分でも訳がわからなくて若干泣きそうになりながら、私は食べかけのシュークリームを片手に二宮隊を後にした。



(辻くん、大丈夫?)
(ひゃみさん、ありがとう……)
(ちなみに二宮さんが来るっていうのは嘘だから)
(ビックリした……)



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