迅さんには先週確認した。玉狛支部へ帰ってきた彼へ突撃し単刀直入に問うと、迅さんはまず目を逸らし、明らかに言いにくいといった風に口ごもった。ついに明言はされなかったけれど、答えは「はい」で間違いなかった。最後の望みが潰えたわたしはというと、よろめいて、俯いて、何て返したか忘れた。目の前が真っ暗になった。


「具合でも悪いのか?」


 現実逃避していた思考は一人の声によって引き戻される。反射的に背筋を伸ばす。木崎さんの低い声は耳によく馴染みながらもピシッと緊張感がもてた。おかげで、夕ご飯を食べる手が止まっていたことに気付けた。失礼な奴め。


「いえ、たべます、すみません」
「無理はするな。急いで食わなくていい」


 そう言って木崎さんは向かいのイスから立ち上がった。手に持ったお皿はご馳走様を意味していた。いつの間にか時間が経っていたみたいで、慌てて手に取ったフォークを、大好物のカルボナーラに突き刺す。
 玉狛支部のリビングの窓から覗く夜は別空間のようで、まるでわたしと木崎さんが明るい宇宙船で生活しているような錯覚をおぼえる。壁掛け時計の秒針が聞こえてきそう。わたしの心臓はいつもより忙しい。嬉しいからか悲しいからかよくわからないし、多分、この期に及んでどっちもなんだと思う。さっきから感情が交互に入れ替わって発狂しそうだった。ちょっと、気持ち悪さすらある。木崎さんお手製のカルボナーラはいつも通りおいしいのに、思うように手が進まないのはそのせいだ。


「そういえば、迅には会えたのか?」


 カウンターの向こうから問われ、顔を上げる。料理の後片付けをしているらしく、流し台で手を動かすのがここから少し見える。迅さん。そうだ、先週からずっとこんな感じだ。もちろんこれ見よがしにアピールするわけにはいかないので、わたしは、おまえ誰だ?ってくらい他人みたいな笑顔を作る。


「会えましたよー。聞きたいことも聞けました」
「よかったな」
「気にさせちゃってすみません」


 いや、と短く返される。目線は流しのお皿たちに落とされている。本当に、いや、だ。言うほど気にしてない。
 そう、知ってしまえば早かった。今まで何を見ていたのかびっくりするほど、木崎さんはわたしに興味を持っていなかった。
 世間話の一つに好物の話をした数日後、防衛任務のあと半ば強引にご馳走してもらうことになった夜ご飯でさらっとカルボナーラが出てきた瞬間、いとも容易く恋に落ちた。「すきだって言ってただろ」そう言って二人分のお皿をテーブルに並べる木崎さんが死ぬほどかっこよく見えた。あの日口にしたカルボナーラは人生で一番おいしい食事だった。大絶賛をして、レシピを聞いて、自分には無理だと理解して、またご馳走してもらいたい旨を力説した。それからというものの木崎さんや烏丸くんと防衛任務がかぶると一緒に玉狛支部へ帰り、木崎さんの手料理を振る舞ってもらう生活を続けていた。とはいえあれから半年も経っていないし、回数もさほど多くはないのだけれど。所属の違う彼と約束を取り付けることは難しく、なにより、木崎さんも積極的にわたしと会いたいとは思っていなかった。

 口に運んだパスタを咀嚼していると流水音が聞こえてくる。わたしのお皿は間に合わなかった。いつも洗ってもらっちゃってるし、自分の分は洗おう。木崎さんとのご飯は緊張するし胸がいっぱいになるので量は少なめにしてもらってるのに、今日はそれでも食べ切れる気がしなかった。ごくんとなんとか飲み込んで、俯く。どうしよう。残すのは論外だ、時間をかけてでも食べないと。焦りがますます手を鈍らせる。


「顔色が悪いぞ。やっぱり具合が悪いんだろ」
「だいじょうぶです……食べ終わるの待っててもらっていいですか?」
「構わないが、無理に食うと悪化するぞ。気にせず残せ」
「ぜったい食べ切ります…!」


 フォークを握りしめる。情けない声だ。だとしても食べ切らないといけない。手の進まない料理は何かの象徴なのだろうか?残さず食べ切ったら木崎さんがわたしのことをすきになる。もしくはわたしがすっぱり諦められる。そんな都合のいい願掛けはない。ただの意地だよ。
 迅さんか、小南ちゃん、陽太郎くんでもいいから、この隔離された空間にやってきてはくれないだろうか。そんなことを考えたのは初めてだった。つい先週まで、二人きりこそ正義だったのに。二人でご飯を食べて、暗いからって家まで送ってもらう。その間交わす他愛もない会話が幸せだった。でも夢は潰えた。


「……木崎さん、」


 顔を上げ、木崎さんを見上げる。年上のかっこいい男の人。木崎さんは憧れだった。絶対この人と付き合いたいと思っていた。


「年下ってどう思います?」
「…? 何のことだ」


 こんなこと誰にも言えないけど、なんというか、わたしは多分、頑張れば木崎さんを落とせると思っていたのだ。高校生のガキが木崎さんに見合うと普通に思っていた。いや、本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「……何でもないです」


 肩をすくめる。「木崎さんに年上のすきな人がいるって本当ですか?」もしかしたら先週、迅さんに何も返さずに逃げてしまったかもしれない。困らせただろうな、申し訳ないな。もうこんなの続けられないから、やっぱり早く食べ終わって、「今日は送ってもらわなくていいです」って言わないと。木崎さん、意味不明なことを聞いたわたしを追及しないの、本当に興味ないんだな。



今夜は雨が降るらしいけど(191220)
title:金星