四畳半の和室はいつ来てもぴっしり片付いていて綺麗。和室だけじゃなく、作戦室全体、ほこりとか全然見当たらないから、そのうち理想的な作戦室としてモデルルームになるんじゃないかな。わたしも、もらえた暁にはぜひ参考にさせていただきたい。
 という話を給湯室に立つ奈良坂くんにすると、「蓮さんがいつも片づけてくれているからだな」と返ってきた。なのでわたしは、またまたあ、と言って、近所のおばちゃんみたいに手を上下に振る。蓮さんもだろうけど、奈良坂くんたちも整理整頓を行き届かせられる人だから、三輪隊ならではでしょう。苦手そうなのは米屋くんくらいだろう。彼は今朝、個人ランク戦のブースに向かう姿を見かけた。声をかけるべきだったけど、ちょっと急いでいたので気付かないふりをしてしまった。悪いことをしたかもしれない。

 背筋が丸まっていることにあっと気付いて、座椅子に正座したままピンッと伸ばす。和室の入り口は給湯室と繋がっているので、急須にお湯を入れる奈良坂くんがよく見える。横顔が綺麗だ。わたしはこれが見たくて、いつもこの席に座っているといっても過言ではない。ほんとだったら遠慮して両脇の座布団に腰を下ろすところだけれど、ここだけは譲れないとばかりに図々しく背もたれと肘置きのある座椅子を陣取るのだ。ただしこれは、奈良坂くんがお茶を淹れるときだけに限る。
 もし奈良坂くんと美術の授業でペアを組めたら、誰もが目を惹く肖像画を描きたい。わたしはそういう人をすきになった。有名な画家になった気分で筆を取り、彼を見つめる。そのときは、奈良坂くんに穴が開かないよう注意しなきゃ。

 急須から淹れたお茶をお盆に乗せ、奈良坂くんがこちらへ身体を向ける。と同時に目が合って、当然のように身体が固くなる。しかし緊張しているのはわたしだけらしく、奈良坂くんは特段動揺を見せることなく、ローファーを脱ぎ畳へ踏み入れた。長方形のテーブルにお盆を置き、わたしの前へ湯呑みを置いてから向かいの座椅子に腰を下ろす。


「ありがとう」
「ああ」


 湯呑みを両手で包み込むとすぐに熱くなる。最近寒くなってきたのでありがたい。それにここで飲めるお茶はおいしくてすきなので、今日も訓練が終わったあと「作戦室でいいか」と言われたときも喜んで頷いたものだ。このお茶っ葉は月見さんセレクトなのだろうか。でも奈良坂くんもこだわりありそうだし、どうだろう。いろんな人の気配のする作戦室はある種の居心地よさがあって、お邪魔して数回でリラックスすることができた。
「わたしも早くチーム組んで作戦室ほしいなあ」何となしに呟くと、一口お茶をすすった奈良坂くんは前髪で隠れそうな両目をわたしに向けた。


「今週でB級昇格だったか」
「そうだよ〜、長い戦いだった」


 何を隠そう、わたしは次の合同訓練が終われば、三週連続上位15%をキープという狙撃手の狭き門をくぐることができるのだ。ボーダーに入隊してからというものの、来る日も来る日も訓練に明け暮れ、的をハチの巣にしたり、アイビスで近距離狙撃をしてみたり、はたまたヤケになってラウンジでジュースを飲み漁ったり、いろいろやってきた。ほんとに大変だったよ、なかなか結果が出なくてつらかった時期もあった。それでもこうして正隊員を目前とした今、頑張ってきてよかったとしみじみ思う。諦めずに時間をかけるんだ。継続は力なり。ネバーギブアップ。受験のときに散々聞いた言葉を、伸び悩む若者たちに言いたくなる気持ちがよくわかる。
 言わないけどね。気が抜けたみたいにふへへと笑うと、奈良坂くんもちょっとだけ、笑みを浮かべた。わあ綺麗。わたし、奈良坂くんがつられて笑ってくれるの、すごくすきだなあ。

 本人にも常々言っているけれど、奈良坂くんは本当に綺麗な人だ。美人さんとでもいうのだろう。端正な顔立ちから始まって所作も落ち着いているし、言葉遣いもいいと来た。これで家柄は特別じゃないのだから、不思議な世の中だと驚かざるを得ない。同じ空間にいるだけで、夢心地なのに。心臓が身体中に熱を送る。おかげでカッカッと火照って仕方ない。ああ、せっかく淹れてくれたのに。今温かいお茶を飲んだら、どうなってしまうだろう。


「正隊員祝いに何か送ろうか」
「へっ?」


 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。だってまさか、奈良坂くんからそんな提案をもらえるとは、思ってもみなかったのだ。「ほ、ほんと?」一応聞き返してみるも本当だと即答される。え、すごい、正隊員すごい!こんなサプライズあるの?!嬉しくて飛び跳ねそうだ。
 実はわたし、奈良坂くんにはほとんど一目惚れをしてるので、こういう奈良坂くんの無防備なお誘いというか、隙だらけな彼には勢いよく抱きつきたい衝動に駆られてしまう。高一でクラスが一緒になって存在を知り、勢いでボーダーに入隊して、大して適性もないまま狙撃手という荒波に飛び込んだ。告白をしたことはないけれど、奈良坂くんかっこいいとか綺麗だねとかは何となしに伝えてるから、少なくともわたしが奈良坂くんに、種類は何であれ好意があることは本人もご存知だと思う。そのうえでこうして二人でお茶したり狙撃の指導をしてくれるのは、奈良坂くんもわたしをのっぴきならない奴だと思ってくれてるんじゃないかな、と都合のいい解釈をしている。のだけど。


「希望はあるか?」


「えっと……」 自惚れてもいいんだろうか。ここは、正直に言っても許されるのかな。


「で、デート、的な……二人で……」
「……」
「だ、駄目かな…?」


 わーー!奈良坂くんポカンとしてるよー!珍しく口開いてる!完全にミスったよ!さすがにこれはなかったか!謝ろ「はそれが嬉しいのか?」え?!


「えっ、あ、う、嬉しいですよ?!」
「そうか……なんだ、先に言われたみたいになったな」


 え。一度目線を落とし、湯呑みをことりと置いた奈良坂くん。伏せた目に陰がかかる。そんな仕草すら魅せられる。わたしは、心臓ばかり騒がしくて、一ミリも動けないまま凝視するしかできない。


「わかった。楽しみにしていてくれ」


 再び顔を上げたとき、彼は静かに笑顔を浮かべていた。つられてわたしもぎこちなく笑ってみたけれど、きっと奈良坂くんみたく綺麗には笑えていないだろう。真っ赤な顔で頷くのが精一杯だった。



ほしのつくりもの(160924)
title:金星