久しぶりに准くんと一緒に帰っている。

「准くんと一緒に帰るの久しぶりだね」
「そうだな。大学生になってから初めてなんじゃないか?」
「うわ、そうかもしれない」
も忙しそうにしてたもんな!」

 家が隣同士で、小さい頃からずっと一緒。小・中・高・大と学校もボーダーも同じだ。だから、小さい頃から日常的に顔を合わすことがルーティンワークの一部と化していた。
 一足先にボーダーに入隊した准くんは今やボーダーの顔として広報も担っていて、日々忙しくボーダー内外を駆け回っている。
 アスファルトに伸びる厚みの無い凸凹の影に導かれるようにして一歩一歩踏み出す。その度に、准くんの鳥の羽根みたいな前髪がぴょんぴょんと跳ねるのは昔から変わらなくて、自然と頬が緩んでしまう。
 もうすぐで准くんの家が見えてくる。その奥に私の家がある。久しぶりに一緒に帰れたというのに、あっという間だ。まだ別れの挨拶すらしていないのに、私は既に名残惜しいと思っている。

「……なあ、
「なに? ──あれ、副くんと佐補ちゃんじゃない?」
「え? ああ、本当だ」

 私たちの延長線上に幼馴染と同じ羽根が二人分揺れているのが見えた。准くんが愛してやまない可愛い弟妹だ。
 双子も私たちに気が付いたようで、私の家と自分たちの家を順に通り過ぎてこちらに駆け寄ろうとしているのがわかる。

はいいなあ……」
「え?」

 二人に引っ張られるみたいに私の足も歩みが早まりかけたのだが、隣の弱弱しい磁力に引かれた。
 いいなあという声は言葉に反してトーンが低く、准くんの目は確かに副くんと佐補ちゃんを見ているのだが、どこか遠くを見ているようなそんな感じだった。

「二人とも今、俺に構われるのが嫌らしいんだ」
「あ、ああ〜……思春期だもんね?」
「そうみたいなんだ……」

 目に見えて落ち込んでいく准くんの後ろにどんよりとしたものが見えた気がした。そんな彼に掛ける言葉が見つからない。正確には、浮かんでは消えていった。
 「元気出して」と励ますことは簡単だけれど、准くんの傷は深いものだろうから、一時的な瘡蓋にしかならない。
 どうしたものかと考える間もなく、双子は軽快な足音を立てて目前まで迫っていた。

ちゃん久しぶり!!」
姉、元気だった?」
「二人とも久しぶり〜! うん、元気だよ」

 二人から会えて嬉しいという気持ちが伝わってきて、まだ私はこの子たちにとって姉のような存在でいてもいいと許されているような気がした。二人は成長期真っ只中のようで、以前より目線が近くなっていた。
 今のうちにこの身長差を堪能しておこうと佐補ちゃんの頭を撫で、調子に乗って副くんの頭も撫でた。同性の佐補ちゃんはともかく副くんは嫌がるかな、と思って控えめに触ったのだが、意外とされるがままだったので調子に乗って撫でる力を強めてしまった。

「ねえちゃん、もう家帰るの?」
「うちで一緒にご飯食べようよ」
「えっ、でも急じゃない?」
「大丈夫だって! お母さんもちゃんに会いたがってたし!」
「久しぶりなんだから良いでしょー?」
「そうだなあ〜」

 双子の可愛いおねだりを断る方法を私は知らない。お手本であるはずの准くんが知らないからだ。口では遠慮する振りをしながらも既にもう、頭の中は嵐山家のご飯でいっぱいだった。准くんとの別れが惜しいと感じていた私にとっては、嬉しい展開である。

「二人がそこまで言うなら、──」
「だっ、ダメだ!!」
「えっ!」

 「お邪魔しちゃおっかなー?」と、今この中で一番決定権を握っているであろう准くんを伺おうと、視線を彼に移そうとしていた時だった。
 は、初めて拒否されたかもしれない……
 私の下心を見抜いた神様が天罰を下したのだろうか。いくら家族ぐるみで仲が良いとはいえ、大学生にもなって昔みたいにはしゃいだのは良くなかったかもしれない。
 呆けている私をそのままにして、双子は血相を変えて兄に詰め寄った。

「准兄なんでー!?」
「別に良いじゃん!!」
「っ、ダメったらダメだ!!」

 あ、今ちょっと揺らいだな。双子たちが自ら自分に詰め寄ってきたのが嬉しかったに違いない。
 兄弟喧嘩というには、幼い言葉が飛び交っているおかげで緊張感が足りない。しかも、一番幼く見えるのが最年長である准くんというのが、また。

 それにしても、珍しい。
 准くんのブラコンとシスコンぶりは小さい頃からよく知っている。
 自分のお気に入りのおもちゃを譲ってあげたり、お菓子を分けてあげたり、いつだって准くんの世界の中心はこの2人だった。その代わりと言うのもおかしいが、私のおもちゃで一緒に遊んだり、お菓子を分けたりすることが当たり前になっていった。
 だから、思春期に入った二人の心情を察してベタベタすることを今も我慢していたに違いない。
 でも、その准くんが、双子のお願いを聞き入れないなんて。明日は雨が降るかもしれない。

「──はこれから俺とご飯を食べに行く!!」
「えっ」

 身に覚えのない約束に、反射的に准くんを凝視した。
 あれ、いつ約束したっけ。准くんと久しぶりに一緒に帰れることに舞い上がって忘れてしまったのかもしれない。
 准くんとのラインの内容や、今日一緒に帰ることになった時の記憶をひっくり返すも、その約束は見当たらなかった。そもそも、准くんと会うこと事体今日が久しぶりだったというのに。


「……それウソでしょ准兄!!」
「ご飯食べるならなんでこんな所にいるんだよ!!」
「うっ……そ、それは」

 私が漏らした素っ頓狂な反応を双子はしっかり確認していて、准くんが嘘をついていると見抜いて先に噛みつき始めたのが佐補ちゃんで、副くんは援護射撃に回った。
 ここら辺はご近所付き合いが良いものの、流石にこのままギャンギャン騒ぎ続けるのは迷惑だ。早く鎮火しなければという焦燥感に駆られるが、どうすればこの場が丸く収まるのかわからない。
 とりあえず、私が嵐山家にお邪魔すれば良いのか、准くんとご飯を食べたら良いのか、大人しく自宅に帰ったらいいのか──

「〜〜おっ、お兄ちゃんにだって譲れないことはある!!」

 准くんが顔を真っ赤にしながら、未成年の主張みたいに声を張った。
 声量が住宅の窓ガラスに反響して揺れるなんてことはないが、確実に顔見知りの家には響いている大きさだった。
 私は准くんの言葉がトリガーとなって、ぶわっと顔に熱が集まり始めたのがわかった。
 昔のことをまた1つ思い出した。准くんは、おもちゃやお菓子を弟妹に譲ることはあっても私と一緒に過ごす時間を譲りたがらない一面があったことを。
 今は、仲裁に入らないといけないというのに、何を思い出してるんだ私は。

「……しょうがないから、今回は准兄に譲ってやる!」
「、え?」
「! 二人とも、ありがとな」
「えっ?」
ちゃん、次こそはご飯食べに来てね!」
「んん?」

 場違いなことを考えているうちに、話が進んだのだろうか。状況把握ができないままの私は、ずっと語尾が上がったままで、言葉すら発せられないというのに。そんな私をフォローすることなく、あっさり引き下がった佐補ちゃんと副くんは踵を返して家路に着いてしまった。
 二人が玄関に入ったのを呆然と見送ってから、そろりと隣の幼馴染を見る。前髪が垂れているせいで表情が良く見えないが、剥き出しの耳と首が赤いのはわかって、更に体温が上がった気がした。

「……あの、准くん」
「元々、もう少し時間をくれないかって言おうとしてたんだ」

 准くんが頑なとして首を縦に振らなかった意味を、私は今、自分の都合の良いように解釈してしまっている。自惚れだという事実がわかった時ほど恥ずかしいものはないから、絶対自分から答え合わせはしない。慎重で、駆け引き上手だと言って欲しい。

「さっき、何か言いかけた時?」
「ああ」

 確信に近づくにつれて、自惚れは遠ざかっていく。自然と向き合う形になって、私を見つめる准くんの目はとても優しくて、心臓は早鐘を打ち始めた。

とこうやって過ごすのも久しぶりだから、まだ一緒にいたくて……ダメか?」

 「ダメか?」なんて聞かれたら「いいよ」としか言えない。自分は駄目だと言っておきながら、ずるい聞き方をするものだ。

「……私も准くんと同じこと考えてたよ」

 このまま彼の思い通りに返事をするのは悔しかったので、仕返しとばかりに反撃をしてみた。
 でも、効果は全く無かったらしい。豆鉄砲を喰らったような表情か、焦る反応を期待していたのに。その期待を裏切るかのように、准くんは嬉しくてたまらないと言いたげに2つの翡翠を細めて笑った。



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