風間さんは基本的に表情筋が死んでいる。でも付き合いを重ねていくうちに風間蒼也という人間がどのような人物かわかるようになってくるのだ。人物像が見えてくると、一般人とそうそう変わらないんじゃないかなって私は思う。ただ、喜怒哀楽が一般人と比べてわかりにくいだけで。表情で喜怒哀楽を表現するよりは、態度で示すタイプなのかもしれないと最近思い始めた。しあわせなら態度で示そうよというやつだ。さすがに手を叩いたりはしないけど。

 例えば、ご飯を食べる時。風間さんは実年齢と容姿がマッチしていない。成人済みの21歳でボーダーである傍ら大学三回生である。しかし、見た目はまだまだ義務教育中だと言われても納得の若さを保っている。加えて、身長の低さが彼の実年齢をわからなくさせている。本人は背が低いことを気にしてはいないが、学生と間違われるのは不服のようだ。
 背が低い割には男という性別も相まってか、実はまだ成長期なんじゃないかって思うくらいによく食べる。ボーダーの人たちとご飯を食べに行くと、大体彼を見る度に口をもぐもぐさせている。一口が大きいのかそれとも欲張りなのか、口いっぱいに食べ物を詰め込む癖があるのか、その姿はハムスターを連想させてなんだか可愛いのだ。本人に言ったら多分気分を損ねてしまうのでこれは絶対内緒だ。
 話が逸れてしまったが、ご飯を食べている時の風間さんの表情は変わらないもののなんだか幸せそうで、美味しそうに食べているように見えるのだ。恋人関係にあることから贔屓目に見ている部分もあるかもしれないが、その姿を見ると次も料理頑張ろうという意欲が湧いてくるから風間さんはすごい。

「俺の顔に何か付いているか?」
「えっ」
「さっきからずっと見ているだろう。そんなに見られると食べづらい」
「えっ、あ、わ、ごめんなさい! そんなつもりはなかったんですけど!!」
「そんなに心配しなくても美味いぞ」

 そう言いながら風間さんはどこまでスプーンですくえるか!? というチャレンジをしているのかと思ってしまうくらいに、スプーンにカツとカレーを盛り、それらをすべて口の中に入れてしまった。彼の表情について考えているうちに、どうやら無意識に視線が釘付けになっていたようだ。風間さんはその行動を、料理が不味いのではないかという心配からきたものと捉えてしまったようだが。でも予期せぬタイミングで本人の口から「美味い」という言葉を頂けたのでラッキーだ。その一言は私を喜ばせるには充分のものである。口が緩みそうになるのを誤魔化すために、自らもカレーを口に運ぶ。うん、今回のカツカレーは美味しくできたかもしれない。

「そういえば、」
「なんだ」
「風間さんって、調味料で味付けしませんよね」

 風間さんはすぐに私が言ったことを処理しきれなかったのか、動作ごと固まってしまった。スプーンをルーの海に少しだけ浸からせたまま。でもそれはほんの数秒の間だけで、「ああ、」と言いながらすぐに銀の凹みを白と茶色でいっぱいにした。あ、今回はカツは一緒に乗せないんだな。

「考えたことがなかったな」
「そうなんですか」

 そう言ってまた風間さんは口をもぐもぐさせるも、すぐに飲み込んでしまった。「ちゃんと噛んでから飲み込んでくださいね」と子どもに注意するような口調になる。それでも敬語だから可笑しな注意の仕方になってしまっているけれど。これはいつものことなので「元々食べるのが早い方なんだ」といつもの返事が返ってくるのでこのやり取りは。実はあんまり意味がないんじゃないかなと思う。

 元カレが、人が作った料理を一口味見する前から自分好みにしようとする人だった。自分の手料理を食べてほしいというのは、私の勝手なエゴではあるが、食べる前から調味料をぶっかけられたのはとてもショックで同時に腹が立った。それが原因で別れてしまったのはもういつのことだっただろうか。いやいや、そもそも私の料理が食べてみたいって言い出したのは向こうだ。なのにあいつときたら初っ端から塩コショウを大量にぶっかけやがって! 辛いのがすきなら最初から注文つけといてよ! …っていけないいけない、もう過去のことは忘れるのよ! ぐつぐつと沸騰しそうになった怒りは水を流し込むことで治まっていった。

「必要がない」
「へっ、何がですか?」
「味付けする必要がないと言ったんだ」
「あ、それじゃあ風間さんって基本なんでも美味しいって感じるタイプってことですかね?」
「それもそうだが…お前の料理が美味いからわざわざ自分で味付けする必要がないということだ」

 「すっかりに胃袋を掴まれてしまったな」そう言って、風間さんは最後の一口を食べ終え、「ご馳走様」と丁寧に両手を合わせてから、食器をシンクに運ぶために席を立った。その時の表情は、目を細めて優しく微笑んでいた。



強いて言うなら大好き(160924)
title:casa