同い年の唯我くんはボーダー入隊早々A級一位のチームに配属されたツワモノだ。それを聞いたときのわたしといえばもう大興奮で、唯我くんってすごいんだ!と彼へのリスペクトに余念がなかったのだけれど、そのあと申し込んだ個人戦でボロ勝ちしたとき、思わず聞いてしまったのだ。「唯我くんってほんとに強いの?」と。


「唯我くんラウンジでお茶しよー」


 ボーダーの通用口から本部にやって来た唯我くんを捕まえるなりいつものお誘いをする。どこにあるかも知らない高校に通う唯我くんは見慣れない制服を身にまとい、小洒落たスクールバッグを肩に掛けながら振り向いた。わたしとばっちり目が合った途端、しかめっ面になる。


「C級が気安く話しかけないでくれるかな。ボクは君と違って暇じゃないんでね」


 偉そうに言って、六四分けした長い前髪を手で払う仕草をする。いつものことだ。唯我くんの心ない発言にはすっかり慣れた。なのでわたしもいつものように「優雅なA級の唯我くんとお茶したいんです!」と顔の前で両手を組んでお願いする。こうすると唯我くんは気を良くして、そんなに言うならと鼻高々に笑うのだ。前に一度、「唯我なA級の優雅くん」と言い間違えたときにはますます機嫌を損ねられてしまったので、以後気を付けるようにしている。


「まったく仕方ないなあ。お茶をしてくれる友達もいない君が哀れだから、ボクが相手してあげよう」
「唯我くんがいるからいいんだものね」
「そうかそうか」


 唯我くんをおだてるのは朝飯前だ。でも全部お世辞なんてこともない。もちろんわたしにだってお茶してくれる友達はいるし、数もたぶん絶対確実に唯我くんより多い。でも唯我くんがいるからいいんだものね。唯我くん面白いからすきだ。

 そもそも最初彼と友達になったときはこんないちいち褒めそやさなくても良好な関係を築けていた。ファーストコンタクトで唯我くんのキャラの濃さを一身に浴びたわたしは即刻彼と友達の契りを交わそうとし、唯我くんも悪く思わなかったようで二つ返事で頷いてくれた。彼は入隊当初からそこそこボーダーで浮いていたけれど、生まれ持った高飛車な性格が原因だと信じて疑っていなかったわたしは、そこが唯我くんのいいところじゃないかと思いながら誰にも意見することはしなかった。唯我くんと仲がいいのがわたしだけという優越感に浸りたかったからだ。

 だから、さすがに申し訳ないとは思ってるよ。数日後、彼があの太刀川隊に入ったと聞いてから初めてやった個人戦、あまりに弱くて動揺してしまったものだから、唯我くんの気持ちを慮ることができなかったのだ。おかげで唯我くんには「C級のくせに礼儀を知らない人間」認定されて、顔を合わせるとまず嫌な顔をされるようになってしまったのだった。


「唯我くん、わたし昨日初めてカフェオレを飲んだんだよ。思ったより苦いねあれ」
「なに、今まで飲んだことがなかったのかい?信じられない…どんな生活を送ってきたんだ…!」
「そりゃあ、唯我くんの想像できないような生活を…」
「そ、そうだったのか…」


 しおらしく言うと同情された。もしかしたら余程の貧困を想像してるのかもしれない。そりゃあ唯我くんには想像できないでしょう、わたしも唯我くんの生活レベル、想像できないもの。

 全然強くない唯我くんがどうして太刀川隊に配属されたのか甚だ疑問だった。その理由が、唯我くんのお家がボーダーの大手スポンサーだからだと知ったとき、何もかも納得がいった。唯我くんの実力に反した優遇具合も、唯我くんの鼻にかけた性格も、唯我くんの浮いた立ち位置も、そういうことだったのだ。
 知ってて近づいたんじゃないのと訓練生からの友人に言われたときはさすがにショックだった。違うよと即座に否定すると、じゃあなんで?と首を傾げられた。他の子も言ってるよ、とも言われた。知るかそんなの、面白がってんじゃないよ。腹が立ったものの、わたしも唯我くんを面白い人だと思いながら接してるわけだからまったく人のことを言えなかった。


「唯我くんはカフェオレすき?」
「まあ普通にすきだね」
「へー、大人だなあ」
「ふん、そうだろう。がどうしてもというなら今度おいしいカフェオレを飲める喫茶店を紹介してあげなくもないよ」
「ほんと?ありがとう!」


 唯我くんはフッフッと得意げに笑った。わーい唯我くんからお誘いしてくれるなんて初めてだなあ。わたしの失言以降あんまり仲良くしたくなさそうだったから嬉しいな。「いつ行く?いつ行く?」彼の高そうな学校指定のスクールバッグを下からバシバシ叩きながら促すと「やめたまえ!」普通に迷惑がられた。


「あ、待って。唯我くんの金銭感覚にはついてけないから良心的なお値段のとこにしてね」
「君は……人の厚意をすぐ台無しにするところ、改めるべきだと思うよ」
「唯我くんにだけだよ」
「そういうところが失礼だと言うんだ!」


 あははと笑うと唯我くんは顔をしかめて自分のおでこに手をやった。悩ましげな表情の原因がわたしだと思うと楽しい。やっぱ唯我くんとおしゃべりするの楽しいな。ラウンジ行かなくても唯我くんとコミュニケーションを取れれば何でもいいや。


「君は知り合ったときからそうだった。君の心ない言葉にボクがどれだけ傷つけられたか…」
「弱いって言ったのはごめんと思ってるよ」
「弱いとは言われていない!!」


 通路内に響き渡る唯我くんのツッコミ。そうだったごめんごめん。頭を掻きながら謝罪を述べるとまったく釈然としてない唯我くんに見下ろされた。そう唯我くんはわたしより身長が高い。


「フン…大体、あの頃のボクとはもう違うんだ。今なら君なんて相手じゃないね」


 それには頷く。うん、唯我くんの保持ポイントにわたしが追いつけたことないのなんて知ってるよ。そりゃあ日々A級で鍛えられてたら上達も早い。きっと今個人戦をやったら負けてしまうんだろうなあ。初めて戦ったときも、負けるんだろうなと思いながら試合を申し込んだんだから、別にいいんだけど。


「唯我くんがわたしより強くても全然いいんだけど、なんだかなあ、負けたくない気持ちもあるんだよね」
「フン、強がりもの悪いところだ。いつまでも過去の栄光にしがみついていないで現実を見たまえ」


 声高々にのたまう唯我くんに煮え切らない相槌を打ちながら、ふと、もし唯我くんに負けたらこの関係は変わるだろうかと考えた。結果、変わらないと思った。唯我くんに負けてもわたしは彼に話しかけるだろう。そのとき唯我くんはやれやれと長い前髪を払いながら応じてくれる。唯我くんの面白いところは弱いところじゃないので、高飛車で乗せられやすくて強い彼をこれからも愛そうと思う。

 それじゃあ今日で、わたしより弱い唯我くんとはおさらばかあ。少しさみしい気持ちになりながら拳を構えファイティングポーズをする。


「じゃあこれからランク戦する?」
「…………いや、今日はよしておこう」


「自信ないんだ!」思わず口にしてしまい唯我くんの鼻を折ったわたしはまたもや、礼儀を知らない人間認定されてしまうのであった。



まだ半分も味わってないわ(190901)
title:金星