※「恋愛初期段階」と同じ設定です。



 とオトモダチという関係から恋人という関係に発展したのはつい最近である。長かった、とても長い道のりだった。元々はおれの一方的な片思いで、それを上手く本人にアピールできなくて、結果的にを怖がらせてしまっていたため、そもそもオトモダチという関係性にもなっていなかったのは正直心臓を刺す何かがあった。
 オトモダチから始めても正直おれたちの間に何か変化があった訳ではなく、相変わらずおれはをからかっては困らせてばかりで、も眉を八の字にしてばかり、米屋はそれを見て笑うし三輪は呆れていた。そんな状態でどうして恋人同士になれたかって? 詳しく聞きたい人は事務所通してくださーいって、なーんちゃって……、

「はあ…」
「おいおい、どうしたんだよそんな重てえため息ついて」
とケンカした…」
「あの温厚なサンを今になって怒らせるってお前…一種の才能じゃね?」
「ケンカした上に嫌いって言われた…」
「出水くんなんか嫌い!! ってか?」
「おいやめろよ今ののマネのつもりなら全っ然似てねーからな。でも言葉が全部合ってる」
「マジかよ」
「はあぁ〜〜〜…」

 机にうつ伏せて槍バカを視界からシャットアウトし、首を左に向ける。すると視界に広がるのは進級早々に買わされた英単語帳を手に持つクラスメイトが複数。あー、次英語か…小テストとかすっかり忘れてたわ。単語帳を開かなくても小テストで満点とれるほど頭は詰まっていないが、今のおれは別のことで頭が詰まっている。ぶっちゃけ小テストどころじゃない。成績とか今はどうでもいい。米屋は成績気にした方が良いけどな。

「どっちが悪いんだよ」
「…おれ?」
「なら早く謝っとけば?」
「それができたら苦労しねえ」
「だよな〜」

 “だよな〜”ってなんだよ。お前ぜってーわかってねえだろ。とりあえずそう言っただけだろ。謝れるモンなら謝ってんだよ。それができないのはに声をかける勇気が出ないからだ。“出水くんなんか嫌い”という言葉が胸に刺さっている状態で声をかける勇気がない。マジで嫌われてたらとか、話しかけて無視されたらとか良くないことばかり考えてしまって行動に移せないのだ。こんなことになるなら迅さんに未来視してもらうんだった。

「ちなみに」
「ンだよ蜂の巣にすんぞ」
「いや荒れすぎだろ。どんなことでケンカしたんだ?」
「………」
「そんなにやべーことでケンカしたのか?」
「…やばくはねえけど」
「じゃあなんだよ」








!」
「ひっ!! い、出水くん…!?」
「…ちょっと良いか?」
「……うん」

 今日は任務もなければランク戦の解説でもないし、ボーダー本部へ行く用事もない。ちなみに英語の小テストは10点中2点。俺はHRが終わって早々に、の教室へ行った。幸いにものクラスはまだHR中だった。椅子を引く音が聞こえ始めてから一気に心臓が小刻みに振動し始めたから俺は相当緊張しているんだろう。それは俺がに惚れこんでいるという証拠にもなって更に手汗を握ることになってしまった。学ランのポケットの中がとんでもねえことになってる。教室から出てきたをすぐに認識し、捕まえる。俺も必死だからついつい大きな声で呼び止めてしまったのも悪いが、そんなにビクつかれるとなんつーか傷つく…でも逃げる様子も無視する気配もなかったのは唯一の救いだ。

「その、えーっと…この前のことなんだけどさ、」
「ごめんなさい!!」
「え、ちょ、、」
「良いから聞いて!!」
「お、おう…」
「その、出水くんのこと嫌いとか言ってごめんなさい…」
「いや、それは俺も悪かったし…」

 なかなか切り出せずにいると、突然が大きな声で謝ってきたことに驚いた上に、遮られたので思わず素直に従ってしまった。つーか彼女に先に謝らせるとかおれかっこ悪すぎかよ…も緊張しているのかそれともおれを怖がっているのか、右肩にかけているスクールバックの持ち手を両手でぎゅうっと握りしめて、ずっと上履きのつま先を見つめたままだ。だから、おれからはの表情ではなくつむじしか見えない。

「お、怒ってない…?」
「怒ってねえよ。つーか寧ろ、こそ怒ってねえの?」
「怒ってたら謝らないよ!」
「そ、そっか」

 マジか、怒ったら謝らないのか。気を付けよう。ん? でもなんかおかしくね? 怒ってたら謝らない? いやわかるような気もするけど。おれ米屋のこと言えねえな、若干理解できずに返事しちまった。

「えーっと、じゃあ、仲直りってことでオッケー?」
「うん。出水くん、ごめんなさい」
「もう良いって。あれは俺も悪かった。あれは人それぞれだよな」
「私こそ否定するような言い方してごめん。うん、そうだね、人それぞれだよね」
「つーワケで、…一緒に帰りませんか」
「…はい」

 に気づかれないように、ポケットの中で思い切り手を拭いてから、手を差し出す。恥ずかしすぎて目の前の彼女を見ることができず、目視できない距離にあるボーダー本部の方へ自然と首が動いてしまった。女子特有の柔らかい感触を感じたことで、頑張って汗を拭いたことが無駄にならないことを祈った。



―おまけ―
Q.なぜ二人はケンカしたのですか?
Y氏「エビフライのシッポを食うか食わないかでケンカしたらしいぜ」
M氏「馬鹿ばかしい」
Y氏「ちなみに出水はシッポを食べる派で、サンは食べない派」
M氏「尻尾を食べないというに対して出水がいらないことを言ったそうだな」
Y氏「それで、“出水くんなんて嫌い!!”」
M氏「やめろ」
Y氏「そんなに似てねえ?」



小惑星規模(170115)
title:くつひも