わたしの愛用している据え置き型のゲーム機を寺島くんの開発室にそれとなく置いていったあと防衛任務から戻ってくると、ご丁寧に作戦室に返却されていたことがある。自分はDVDを持ち込んで大画面で映画を見るくせにゲームをすることは許してくれないのだ。仕方なしに自分の作戦室にテレビを導入し、ローテーブルとソファも用意し快適なゲーム空間を作り上げたのはひとえにわたしの努力と言える。


「また負けた…!」


 こめかみ辺りに手を当て項垂れる。現在、目の前のテレビ画面にはWINNER 2Pの文字がふわふわと浮いている。ド派手な対戦ゲームが売りの割にキャラクターや武器のタッチがいちいちメルヘンなのがこのゲームの特徴だ。2Pの痩身男子キャラを操る寺島くんは「これで五連勝」と言い、コントローラーをテーブルに置いた。同じソファに座っているので彼の動きがそのまま伝わってくる。しかめ面のわたしを意に介する素振りも見せない寺島くんは、その手でテーブルに広げられたお菓子の中からチョコを一つつまんで口に放り込んだ。…寺島くんは五連勝。つまりわたしが、五連敗。


「こんなはずでは……前から思ってたけど寺島くん、ゲーム強くない?!わたし結構練習したのに!」
「前から思ってたけど、ゲーム全般めちゃくちゃ弱いよな」
「そうなの?!」
「やっぱり自覚なかった。格ゲーにしろパズルゲーにしろ全部弱いじゃん。これで俺以外の人には勝ててるの?」
「……そういえば」
「ほら」


 言われてみれば寺島くんどころか対戦を申し込んだ人だいたいに負けてる。初見がほとんどにも関わらず勝てないのだ。ゲーマーの国近ちゃんや藤沢くんにボロ負けするのは仕方ないと思っていたけれど、そういう問題じゃないのかもしれない。なるほどわたしのセンスの問題だったのか…。顎に手を当て省みていると、寺島くんはわたしが用意したお手拭きで手を拭き、再度コントローラーを手にした。


「今の飛び道具面白かったな。参考になるかも」


 そんなことを呟きながらゲーム選択画面に戻る。普段ゲームの誘いに乗ってくれない寺島くんが最近わたしの作戦室に足繁く通ってくれるのは、豊富な武器を装備して戦うこのゲームがボーダーの新たな武器開発に資すると踏んだかららしかった。刀に始まり飛び道具、果ては魔法まで選べる何でもありなアクションゲームは寺島くんのエンジニア魂に火をつけ、対戦するごとに武器を変えてわたしに挑んでくる。わたしはボーダーで使っている孤月に似た長剣をずっと愛用しているのだけれど、なぜか寺島くんに毎回負けるのだ。これで寺島くんも長剣を使ったら間違いなく瞬殺だろうと思うと悔しい。彼の孤月の腕前は相当なものなのだ。


「ほら、五連敗の罰ゲーム行ってらっしゃい」
「またコーラあ?」
「うん。よろしく」


 武器選択画面で一つ一つ吟味する寺島くんはわたしの顔を見ようともしない。罰ゲームは軽飲食物のおごりという決まりなのだけれど、寺島くんは毎回コーラを要求してくるのだ。


「わたしもコーラすきだから寺島くんが飲んでると飲みたくなっちゃうんだよ」
「我慢しないで飲めばいいじゃん」
「だってカロリー気になるし……」


 催促されたにもかかわらず立ち上がる気はなく、ソファの背もたれに深く寄りかかる。寺島くんとは腐れ縁で、三年くらい前までは同じ孤月使いとして指南を受けていたこともあった。十八の頃、諸般の事情によりエンジニアに転属した寺島くんに涙涙のお見送りをし、翌日一緒にしゃぶしゃぶを食べに行った仲である。あの頃まですっきりとした体型だったのに、寺島くんは転属してからどんどん太ってしまって今やこの有様だ。ちなみに、一時期、開発室にこもる寺島くんの隣で見学しながらつられるようにトリオン体で飲み食いしていたらまんまと太ってしまったことがあり、チームの女の子に指摘されて危機感を覚えてから、寺島くんにはつられないぞと自分を律するようになった経緯がある。

 うらやましいことに、寺島くんは太っても寺島くんのままだった。元から自分の体型に頓着していなかったのか、周りに何と言われようともマイペースを崩すことはなかった。それが、優秀な孤月使いだった三年前と何ら変わらなくて、密かに尊敬していたりする。寺島くんはブレない人なので隣にいると安心するし、憎まれ口を叩かれても言うほど腹が立たない。きっと寺島くんはわたしがコーラ飲んでも、太るよとか言わないんだろうなあ。いいなあ。
 ……と、ある考えがひらめいた。


「もっ、もしかして寺島くん、わたしのためにいつもコーラ要求してるの…?!」
「は?」
「ほら、コーラを飲むことに罪悪感あるわたしが、遠慮なく飲めるようにまず自分が、的な……」
「いや意味わかんないから。早く行きなよ」
「照れてる?!」
「照れてない」


 抑揚のない声に首を傾げる。違ったのか。寺島くん優しいなあって感心したところだったのに。でもこれが優しさじゃないとすると……。


「寺島くん、わたしのことすきとか?!」
「すきだったらパシリなんてしないよ」


 即答された。これはガチだ。しかも今までパシッてる気分だったのか。


「そ、そうなんだ。すきな子には優しくしたいタイプなんだね」
「それはもう」


 ゲームセレクトが完了し、バトル画面へ変わる。寺島くん、いつのまにか自分を1PにしてCPUと戦う設定にしてる。ひどいや。全然優しくもわたしのことすきでもないな!「飲み物買ってくる!」当てつけのようにガバッと立ち上がり、作戦室を出る。もちろん寺島くんが気にかけた様子はなく、「いってらっしゃい」と声だけで見送られた。

 ラウンジの売店で悩んだ結果、やっぱり自分のコーラはやめにした。昨日ケーキ食べちゃったからね!と自制心を持ってお茶にしたわたしを褒めてほしい。
 コーラとお茶のカップをそれぞれ手に持ち作戦室に戻ると、寺島くんはまだゲームとにらめっこしていた。とはいっても寺島くんはだいたいボーッとした顔をしているので、これじゃあにらめっこも張り合いがないってものだ。
 どうやらわたしが席を外している間に何戦かしたらしく、さっきとは違う武器で戦っていた。わたしも初めて見る武器だ。変な形してるなあ。ゲーム会主催者でありながらすっかり観戦の身に回ってしまったわたしは、二人の飲み物をテーブルに置きながらソファに座った。


「コーラにしなかったの?」
「うん」


 一瞬目を落として見たのだろうか。半透明のフタをしてあるからよくわかんないはずなのに。わたしもテーブルに並んだカップ二つを見下ろす。コーラとお茶。言われないとわからない。


「俺の半分飲んでいいよ」


 思わぬセリフにパッと顔を上げる。寺島くんは相変わらず画面に向いていて、無表情ではあった。「えっ、ありがとう、やさしー…」とっさに口をついた言葉に、先ほど交わしたやりとりを思い出した。すきな子には優しくしたいタイプなんだね。それはもう。


「……やっぱりわたしのこと大好きじゃん!」


 思わず大声で叫ぶと寺島くんはゲッと横顔を歪ませた。と同時にCPUにとどめを刺す痩身男子。さっきと打って変わってWINNER 1Pの文字がふわふわと浮かび上がった。なんだ、さっき否定したくせに実はそうなんじゃん!照れるなあ、でも尊敬してる寺島くんに見初められたとあっては、わたしもまだまだ捨てたもんじゃないなあ!嬉しくてにこにこしながら、寺島くんが何と返してくれるのか待つ。一方寺島くんは勝ったにもかかわらず、わざとらしくため息をつき、コントローラーを置いたのだった。


「もうそういう設定でいいや」
「わっ!ほんと?!」
「その代わり嘘から出た実になったらちゃんと責任とってね」


 淡々と述べる寺島くんに、もちろん!とソファの上で腰を浮かす。わー認めてくれるなんて嬉しいなあ!わたしのハイテンションとは裏腹に寺島くんは依然マイペースだったけれど、寺島くんだし、全然気にならなかった。


「ちなみに今はめんどくさいなこいつってくらいにしか思ってないから」
「し、辛辣…!」



ため息で飛ばせ(191023)
title:金星