細なかたちで生まれてしまったね


アメジスト いたずらをする お人形


 光と二人で出かけるのは、それが初めてではなかった。前もって取り付けた約束だったり、突発的に生まれた予定だったりしたけれど、誘うのはいつも光からだった。だからその日、わたしが「どこかへ行かない?」と言ったとき、光は少しだけ驚いたような顔をした。でもすぐにその顔は、弾けるような笑みに変わる。
 買い物へ行くことが目的ではなかった。光と一緒に過ごせるのであれば、場所なんてどこでもよかった。けれども、誘った手前「どこでもいい」なんて無責任なことは言えず、どこへ行こうかと思考を巡らせた。水族館へはこの間行ったし、冬の遊園地は物悲しさばかりが目についてしまうのであまり得意ではない。そうやって悩んでいるうちに、「近所の駅ビル」というありきたりな場所しか思いつかなくなってしまった。

「最近リニューアルしたらしいし、いいじゃん!」

 光は乗り気だった。そもそも、光がわたしの提案を足蹴にしたことなどこれまで一度だってない。いつだって前向きな言葉しか口にしない彼女相手だからこそ、わたしは彼女の親切心に慣れきってしまいたくなかった。彼女に気を遣わせていないだろうか。わたしの言葉は、彼女に無理をさせてはいないだろうか。そんなわたしの心配を、いつも光は溌剌とした笑みで吹き飛ばすのだった。

 リニューアルしたというわりに、駅ビルに真新しい変化はなかった。この間まで白いビニールがかかり、「改装中」という張り紙がされていた場所に、いくつか見慣れない店舗が入っているくらいだ。駅ビルがどう変わろうと、三門に住む高校生は大抵ここへ通う。目当てのものがなくたって、どうせ他に行くところなんてないのだから。
 つるりとした真白い床に、わたしのパンプスと光のブーツが揃って音を響かせた。年末のセールに買ったという光のブーツは、彼女の靴の中でも比較的ヒールが高い。どちらかというと日頃カジュアルな格好をすることの多い光は、今日はめずらしく、タイトスカートに細身のニットを合わせていた。今日に限って、スキニーにオーバーサイズのパーカーを着てきたわたしとは、まるで正反対である。おたがいの格好に思うところがあるわたし達は、少し体を離して相手の格好をまじまじとみつめる。

「アタシ、今日はの真似しようと思ったんだけど」
「わたしも、光の真似しようと思った」
「なんだよ!」
「おそろいが一周まわっちゃったね」

 わたしも光も、ちょっとしたサプライズのつもりだったから、前もって相手に相談しなかった。それが裏目に出た結果、いつもの普段着とは真逆の格好になっている。「ある意味息ぴったりだな」と、いたずらっぽく光が笑う。待ち合わせをするだけでここまで賑々しくなれるのは、この年代の女の子特有の才能だろう。
 いつものようにあてもなく、ぶらぶらと店をまわった。光の服を見て、わたしの服を見て、本屋へ寄って漫画を買う。途中ビル内のカフェで一休みをして、二人で新作のフラペチーノを飲んだ。寒い寒い、真冬なのに、と笑いながら。わたしも光もよく冷えたプラスチックカップを抱え、甘ったるいチョコレートをちびちび喉の奥へ流し込んだ。二人がけのふかふかのソファに並んで座り、芯まで冷えきった体を寄せあって笑う。こんな瞬間が、わたしはとても好きだ。とりとめがなくて、でも取りこぼしてはいけないもの。光といると、気付くと胸の奥に居座っている、開け方のわからない箱の存在を忘れることが出来る。

 目的のない買い物には、明確なゴールなんてない。少しの休憩のあと光が足を止めたのは、天然石をモチーフにしたアクセサリーショップだった。

、ここ好きだろ?」
「うん」

 前にも一度、光と来たことがある。きれいな石ひとつひとつに、込められた意味や異なった効果があるというのがどこかおもしろくて、ついついじっくり眺めてしまうのだ。彼女がそれを覚えてくれていたことをむず痒く思いつつ、促されて店内へ足を踏み入れる。
 パワーストーンというのは案外根が張るもので、いつも冷やかして終わることが多い。でも今日くらい、何か買ってもいいかもしれない。不思議と、そういう気分になる日だった。ここのところ、気持ちが前を向かない日が多かったけれど、今日はどうやら違うらしい。きっと光が一緒にいてくれているからだ。

「お」

 光が声を上げて足を止めた。色とりどりの石が我こそはとひしめき合う棚の上に、何かをみつけたようだった。光が指を指す。白に近いシルバーのチェーンに、小さな三角形のペンダントトップがぶら下がったネックレスだ。その三角形には、紫色の石が嵌め込まれていた。シンプルなデザインの、控えめなネックレスだけれど、不思議と惹き付けられるものだった。

「これ、に似合いそう」
「そうかな? 大人っぽすぎない?」
「んなことないよ。絶対似合う」

 光の嘘のない強い言葉に、わたしの気持ちも前を向く。光の言葉も相まって、そのネックレスは見れば見るほど素敵なものに見えた。結んである値札には、ぎりぎり手が届きそうな金額が印字されている。もし一人だったなら、何かと理由をつけて眺めるだけに留めておいたかもしれない。でも今日は、光も一緒なのだ。

「じゃあ、買おうかな。この間バイト代も出たし」
「いーじゃんいーじゃん! たまには散財しちまえ!」
「他人事だと思って……」

 目を細くして隣の光を見れば、彼女はカラカラと笑う。

「『真実の愛を守り抜く石』だってさ。にぴったりじゃん」
「てきとうなことばっかり。『第六感を高める石』とも書いてあるよ。光にぴったりじゃん」
「アタシの第六感はもう高まりきってるから」

 軽口を叩き合いながら、ネックレスを手に取りレジへ向かった。買おうと決め、お金を払うと、なんだか心が軽くなった気がした。光を遊びに誘って、行き先を決めて、ほんの少し背伸びをした買い物をした。光の前のわたしは、拙いながらもきちんと決断できていた。思考を放り投げ、流されるまま生きている普段のわたしとは少しだけ違う。光のそばでだけ、わたしは人形をやめられる。彼女だけがわたしのネジの巻き方を知っている。



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