ったく君って人は


半年 迷子



《今どこにいる》
「三門市なのは確かなんだけど……」
《質問を変える。何か目印になりそうなものはあるか?》
「あ、えっと……道路を挟んだ向こう側に駄菓子屋さんが見える」
《わかった。そこから絶対に動くなよ》
「はい……」
 
 わたしの返事が向こうに届いたかどうかというタイミングで、通話終了の音が軽快に3回鼓膜を震わす。──結局、蒼也くんの手を煩わせてしまった。その事実がわたしに重くのしかかる。それもこれも、全て工事中の道路が悪いのだ。己の不甲斐なさを無機物の所為にすり替えるも、同時に己の柔軟さと空間把握能力の低さに気づかされる羽目になり、更にレポート作成用に持参したノートパソコンの重さと腕の痺れが生々しく感じて、重い溜息が出た。ガス抜きのように吐き出したって、気持ちは晴れない。
 蒼也くんの家に行くのは初めてではないのに、いつも通っている道が閉鎖されただけでこのザマだ。その時点で蒼也くんに助けを求めるべきだったのだ。彼はボーダー隊員で、普段から三門市をパトロールしていて三門市のことでわからないことは無いに等しいだろうから。少なくともわたしよりは知っていることが多い。1本ずれた道に迂回したら段々彼の家から遠のいていって、それだけで焦燥感に駆られたわたしは蒼也くんに連絡するという最短ルートが頭からすっぽ抜けて、自分で何とかしようとして右往左往と更に迂回してしまったのだ。まさかこんな身近な場所で迷子になるなんて思わなかった。
 なんていうか、ほんとう、どんくさい。三門市専用のICカードを持ってきたつもりが、県外用のICカードと間違えて改札を通れなかったり、食堂で財布をひっくり返して小銭をばら撒いたり、雨の日の駅で足を滑らせて階段から盛大に転んだり、人通りの多い場所で家の鍵を無くしたり……今年はまだ半年しか経っていないのに、あげればキリがない。でも、その度に決まって助けてくれたのは蒼也くんなのだ。
 せめて何かスマートにこなしたくて(迷子の時点でスマートもくそもない)、お詫びの品を買っておこうにも近くに自販機もコンビニも無くて、上げた視線はまた下がる。駄菓子屋も定休日なのかシャッターが閉まっているし、本当に色々とタイミングと場所が悪い。ついてない。蒼也くんと合流してからコンビニかスーパーに連れて行ってもらうというのが確実だが、この時点で蒼也くんにわたしの考えは読まれていそうだ。まさかここで長年の積み重ねが裏目に出てしまうとは。今日は蒼也くんがボーダーで欠席していた分のレジュメとノートを見せる予定だし、それで許してもらおう。


「っ! 蒼也くん!」

 ああでもないこうでもないと思索していると名前を呼ばれて顔をあげれば、そこには蒼也くんが居た。言う通り一歩も動いていなかった足が、蒼也くんに名前を呼ばれただけで簡単に動いてしまう。

「ごめん蒼也くん。あのね、」
「工事をしていたから、迂回しようとしたんだろう」
「……う、うん」
「今日からだったらしい。俺も気づかなかった」

 「行くぞ」言い訳する内容をまるまる代弁されたことに呆気にとられて、踵を返して歩きはじめる蒼也くんの背中を追いかけるのに一拍遅れた。アスファルトを蹴る足取りのなんと軽いことか。迂回した途端重くなった時と全然違う。
 蒼也くんに助けてもらう度に「気を付けろ」と注意されるが、今回は注意の仕様が無かったから何も言われなかった。──というかそもそも、わたし、蒼也くんに怒られたことが無いのでは? いや、でもこれは流石にポジティブシンキング過ぎるかもしれない。長年の付き合いを経てわたしが図太くなっているだけで、実際は怒られているのかもしれない。

「あの、蒼也くん」
「なんだ」
「怒らないの?」
「何で怒る必要がある」

 やっぱり。これで「怒られたいのか?」と返って来てたら大人しく怒られるつもりだったのだけれど。それだけ、わたしは彼に迷惑を掛けている。

「ほら、わたし、どんくさいし……」
「確かにはどんくさい」
「うっ……」

 蒼也くんの歯に衣きせぬ言葉がダイレクトに胸を貫通する。凄く痛い。こうして直接どんくさいと言われるのは初めてだから、余計に。

「だが、無鉄砲じゃない」
「……そう、かな?」
「そこにもう少し注意力があればという事ばかりだろう。だから気を付けろと言っていたんだが……もしかしてそれを怒っていると勘違いしていたのか?」
「ううん、違うの。わたしも怒られたとは思ってなくて、でもさすがに蒼也くんの手を煩わせ過ぎだから怒られても不思議じゃないな、って……」
「さっきも言ったが、お前は無意味に相手に迷惑を掛けるようなことはしない。それに、注意したことも次には気を付けているだろう」

 「だから、怒る必要がない」どうやらわたしの感覚が麻痺していた訳ではないらしい。それを証明するには充分過ぎる蒼也くんのわたしに対する評価が思っていたよりも良くて、嬉しくなってゆるゆると口角が持ち上がる。今なら空も飛べそうなくらい、足が軽い。

「蒼也くん」
「なんだ」
「いつもありがとう」
「──幼馴染のよしみとでも思っておけ」
「えっ……幼馴染じゃなかったら助けてくれないってこと……!?」
「……そうだな。お前は言葉通りにしか受け取らない奴だからな」
「だって蒼也くんは思ったこと口にするタイプじゃん……」

 そう言うと蒼也くんは黙ったまま何も返してくることは無かった。



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