78 「おかえりなさい!」 間近で見た血まみれの遺体や、報復として人を殺してしまった犯人。巻き込まれただけのわたしだったけどまるで当事者のように心が疲弊していた。事件は解決したのにまだ悲しくて、家に帰っても一人なことが嫌だったのだ。わたしの目の前で立ち止まり、持っていた携帯をスラックスのポケットにしまった安室さんが見下ろす。 「ずっと待ってたのか」 「はい!安室さん、遠くに行ってたんですか?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど。返信できなくてごめんね。事件があったんだって?」 「あ、はい……や、でも元気なので!全然大丈夫でしたよ!」 両腕を上向きに曲げてマッスルポーズをとってみせると安室さんは眉をハの字にして笑った。それにわたしも嬉しくなって口角をにっと上げる。 「それにコナンくんと阿笠博士とジョディ先生が…あ、メールに書いた…」 「FBIの人なんだって?」 「そうなんです!コナンくんたちの知り合いみたいで。それで、ジョディ先生たちがすごくて!わたしまた容疑者になっちゃったんですけど、見てるだけで解決しちゃいました!」 「え?また容疑者になったのか?」 あっ、しまった、黙ってればよかった。「あ…えっと!それも含め事件のこと話したくて!」そう言うと、安室さんは肩をすくめて「いいよ。夜ご飯でも食べながら聞くよ」と言ってエントランスへと歩き出した。………え! 「あ、安室さん家で?!」 「うん。もう遅いし、簡単なものでよければごちそうするよ」 「うわー嬉しいです!やったー」 パネルのボタンを押し自動ドアを開けた安室さんへ軽い足取りでついていく。なんてラッキーなんだ!待っててよかったなあ! ふと、思い出してカバンの内ポケットに手を入れる。すぐに見つかった白い紙を取り出し、折り畳まれたそれを広げる。……待ち人、辛抱強く待て。これのことかあ…! 「どうした?」 「おみくじです!」 振り返った安室さんに今日引いたばかりのおみくじを両手で広げて見せる。一緒に引いた二人の友達はあんまりよくなかったと言って神社に結んでいたけれど、わたしはその必要はないと思って結ばなかった。腰を曲げおみくじを覗き込む安室さんが、一番大きく書かれた文字を読み上げる。 「…末吉か」 「はい!」 「らしいな」 ふはっと笑った安室さんにきゅうっと心臓が悲鳴をあげる。ひいーー砕けた笑い方もかっこいいなあ!にやにやしてしまうのを堪えきれず口で覆い隠す。「末吉って末広がりの意味もあるから、前向きならしいよ」安室さんの落ち着いた声が心地よい。褒めてくれるの嬉しい。エレベーターの扉の前で待ちながら、どきどきと心臓を高鳴らせる。 なんか、よく見ると安室さん疲れてるみたいだ。哀愁みたいなのが漂ってる気がする。よっぽど忙しかったんだろうなあ、プライベートの何かだと思ってたけど、違うことしてたのだろうか。まさか、探偵業じゃあるまいな……。 「…ごめんね」 「えっ?!」 疑るのクセになってるのよくない!と反省してたところでいきなり安室さんが謝るので驚いてしまった。見上げると、横目でわたしを見る安室さんと目が合った。前髪に隠れて陰になっている彼の目は、けれどしきりに何かを伝えたそうにしていた。 「君の期待を裏切っただろう」 「え?……もしかして返信のことですか?」 「ああ」 「ええ、やだなー全然ですよー!こんなので裏切られたなんて思ってないですよ?!」 びっくりしたあ。まさか返信くれなかったくらいでわたし、安室さんにがっかりなんてしないよ! でも安室さんはそう思ったんだろう。わたしたち疑り深いなあ。それとも心配なのかなあ。お互いのこと信じてるはずなのに、きっと自分が期待する通りに相手が思ってくれるなんて考えられないのだ。そっか、だからわたしたち、言葉を使って会話して、相手のこと知ろうとするのだ。安室さんが心配だって言うのなら、わたしいくらでも自分の気持ち言ってあげるよ。 隣にいる安室さんは哀愁を漂わせても毅然と立ってるはずなのにどうしてだか孤独みたいで、ぎゅうってしたくなる。もちろんそんな大胆なこと、できないけど。俯いてスニーカーに目を落とす。お花見会場を歩き回ったからか少し土で汚れていた。 「でも今日はコナンくんたちの方がよっぽど頼りになっただろう」 耳だけでその言葉を聞く。相手を気遣う声。安室さんすっごく気にしてる。そんな困らせるとは思ってなかったから申し訳ない。でも、また同じことがあっても安室さんに連絡しちゃうよわたし。安室さんを見上げると、自分が情けないと言わんばかりに笑っていた。そんな顔させたくなくて、暗い空気を変えようと努めて明るい声を出す。ポンッと安室さんの腕を叩く。 「もー!そんなあ、やきもちですか?!」 あははと笑い飛ばすと、安室さんはポカンと呆気に取られたように目を丸くして、それから肩の力を抜くように笑った。 「ほんと前向きだなあ」 その笑顔はまるで、心配事なんか一つもないみたいな、なんでもできちゃいそうな、安心とか、そういうのを彷彿とさせる無敵な笑顔だったと思う。安室さんがリラックスしてるようでわたしも嬉しい。得意げになって口角を上げる。「でも、そうだな」隣で安室さんがふっと目を伏せたのを視界の隅で捉えて、見上げる。 「今さら誰かのところに行ってほしくはないな」 「びえっ?!」まるで本音を吐露したような言葉に変な声が出た。思わぬカウンターを受け顔がカーッと熱くなる。そんなタイミングでエレベーターが到着し目の前の扉が開いたので、安室さんに続いてわたしもロボットみたいな動きで乗り込んだけれど、広いエントランスに比べ密室となった箱の中では余計に緊張してしまった。心臓がバクバクいってる。安室さんは自分が爆弾発言をしたことに気付いてないのか、何食わぬ顔でボタンの操作をしている。 「あ、安室さん…!」 「ん?」 「そんなこと言われたら、一生安室さんのとりこですよー…!」 「…ああ、そうなんだ」 気を付けるよ、とサラッと言われてしまっては何も言えない。全然反省してないぞ!でも聞き間違いじゃなかった。安室さん、わたしが誰かのとこ行ってほしくないって言った!これ、やきもちじゃないか?!安室さんやきもち妬いてるんだ!…なんて威力の高いやきもちだ! 両手で口を覆い隠して喜びとときめきに打ち震える身体を制する。嬉しい嬉しい、でもこっちの身が持たない…!爆発しそうになる心臓を抱えながらわたしは、やきもち妬いてもらおうと狙うのは今後もやめようと決心するのだった。 「……」 そんなわたしを見下ろす安室さんが目を細め満足げに笑っていたのを、わたしが気付くことはなかった。 |