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「神社…?」
「うん」


 門をくぐるとすぐ目の前に拝殿が構えている。それを仰ぎ首を傾げるの隣に並んで頷くと、彼女はすぐさまパッと表情を明るくした。待ち合わせから浮き足立っていたこの子は、早速ここを満喫する気になったらしい。近場で一番の広さを誇るため、本殿以外にも見応えがあるだろう。関東圏内の神社の中でここを選んだ理由の一つだった。


「いいですよね神社!荘厳な雰囲気すきです!」
「もう予約してあるから」
「へ?」


 まあ見て回る前に、君にはやってもらうことがあるんだけれど。手水舎で手を清めたあと、こっちだと本殿へと誘導する。呆気にとられながら、外から見える広間に数人がすでに着席している様子から察したのだろう、は不安そうに僕に振り返った。


「わ、わたし厄年じゃないですよ…?」


 そう、厄祓いだ。もう時期ではないが、有名な神社なだけあって祈願者は多いらしい。おそらくほとんどは厄年だからとの理由だろう。女性客が多く見られるがと同年代の姿はなかった。いたとしてもおそらく彼女より少し年下だ。
 もちろんが厄年でないことくらい聞かずとも知っている。ここ数年で前厄本厄後厄ぜんぶ厄祓い行きましたよと主張する彼女をはいはいと丸め込み、「わかってるよ。そろそろ時間だからこれを持って行っておいで」と熨斗袋を渡し背中を押した。


「安室さんは?」
「僕も厄年じゃないからね」
「わたしもちが…」
「君は行っておいで。不運なんだから」
「不運?」


「…うん」きょとんと僕を見上げる彼女に内心溜め息をつく。やはりか。


「いやいや、不運な人なんてこの世にいませんよ…!よく言うじゃないですか、人生のいいことと悪いこと合わせると最後はプラマイゼロになるって!歌にもありますよ!」


「むしろプラスを狙いに行くという姿勢を見習ってます!」ぐっと拳を作り力説するに白けた眼差しを向けてしまうのも許してほしい。薄々気付いていたが、この子は自分の運のなさに対して自覚がない。いかに間が悪く、どうにもならない避けがたい事態が何度自分の身に起こっているかに頓着していないのだ。これ見よがしに溜め息をつくが当のは意図が読めず首を傾げている。「…とにかく、行ってきな」まあ、その運のなさを厄のせいにしようとしている僕も大概だが。


「あ、じゃあお布施くらい自分で」
「僕の頼みなんだから。僕の代わりに渡してきてくれ」


 それから更なる不毛な応酬の末、本殿に宮司の姿が見えたのをきっかけにが折れた。「祓う厄ないとは思いますけど、安室さんのためにさっぱりしてきます!」背筋を伸ばし敬礼をした彼女を呆れながらも社務所へ見送る。
 僕だって今さら彼女の神がかった不運がお祓いでどうにかなるとは思っていないが、要は気の持ちようだ。やるだけやっておいても損はないだろう。いつかは連れて来ようと思っていたから、誘いを受けて都合がよかっただけだ。
 こう言っては何だが、この先が見舞われる不運の度合いを高めるのが僕の存在なのだから、こういうことに尽力する義務はあると思ったのだ。


「…、着信か」


 ポケットに入れていた携帯が振動する。着信画面を見てみると、番号の並びは最近手を組むようになった組織のメンバーのものだった。受付を済ませ本殿に向かうの背中を一瞥し、その場を離れる。


「もしもし」
『私よ。日本にいるFBIの件だけど、明後日米花町の酒屋に行くみたいよ』
「そうですか…ありがとうございます。では明後日、そちらに伺います」
『ええ。……ねえ、この間無駄にした情報の借り、忘れないでちょうだいね』
「もちろんです」
『ならいいわ。それじゃ』


 プツッと切られ、すぐに携帯をしまう。この間というのは言うまでもなく、が拉致されたときのことだ。あの日、ベルモットに赤井の変装を頼み、日本に潜入しているFBIに初めて探りを入れようとしていたのが、そのハプニングによって頓挫したのだ。ベルモットは彼女が得た彼らの出没情報を水泡に帰すことになってしまったのをここぞとばかりにネタにしてくるらしい。一体何を頼まれることになるのやら。
 今後僕はベルモットとの行動が多くなるだろう。それに際してが彼女の存在に気付くことのないよう注意を払う必要がある。いや、それよりも、組織の一員であるベルモットにが目をつけられないようにしなくてはならない。そしてこちらの方が骨を砕くことになるのは明白だった。

 しばらくし厄祓いの工程がすべて終わると、本殿から出てきたは僕を見つけるなり駆け寄ってきた。「めちゃくちゃ身清まった気がします!ありがとうございます!」お守りと絵馬を持ちながら目を輝かせお辞儀をする彼女にはよかったねと返し、それらを大事にカバンにしまう様子を眺めていた。さて、目的は果たせたし、あとは適当に回って時間を潰せばいいか。厄祓いに連行させるために今日のことを任せるよう言ったが、実のところあとのことは特に考えていなかった。楽しみにしていた彼女には悪いが。というかそもそも、デートってねえ…。


「あ!ソフトクリーム屋さんだ!」
「え?ああ……この季節にもあるんだな」
「わさびですって!珍しいですよね」
「そうだね。食べたいのか?」
「はい!なのでお昼ご飯は温かいものが食べられるお店にしていいですか?」
「構わないよ」
「ありがとうございます!買ってきます!」


 言うなり駆け出したのあとをゆっくりついていきながら、ぼんやりと思う。きっと君は、僕が何かプランを立てていようがいまいが、この時間を楽しめるんだろうと。そのくらい入れこまれている自覚はある。同時に、僕を裏切ることもないだろうということも確信していた。君への信頼も随分固まってきたな。自嘲気味に笑えた。絆されているとわかっていても、この感覚は心地がよかった。
 彼女の明け透けな性格が、最初は疑わしく思ったものだ。自分に対してあまりに裏表がないところも、逆に何かを隠しているんじゃないかと勘繰った。そう前のことでもないのに妙に懐かしく思う。結局そんなことはなかったし、どのみち彼女には何も漏らしていないから杞憂だったのだが。


「わさびのソフトクリームくださーい」
「まいどー」


 茶色の長財布を開くの後ろで立ち止まる。レジに立つ老人の奥では妻だろうか、年配の女性が積み重なったコーンを取り、ソフトクリームのバーを下ろしていた。「あらっ」背を向けていたその女性が声を上げる。


「ごめんねえ、わさびこれしか残ってなかったわあ」
「ええっ」


 振り返った手にあったコーンには、薄緑のクリームが一巻き分だけ乗っていた。思わずひくりと口角が引きつる。……やはり不運は治らないか。


「どうしましょう。お代は普通の分で、上にバニラソフトを乗せるのでもいいかしら?」
「あはは……じゃあそれでお願いします…」


 苦笑いで頷くに憐れみの目を向けてしまう。本当に何をしてもついてない子だな…。
 あまりに無頓着なところは困りものだが、それを誰かのせいにしたりしないところは、彼女の長所だろう。だから、彼女が自身の運のなさに身を滅ぼさないよう、僕が気にかけなくてはと思う。彼女を放って置けないと思うのはそのせいだ。当の本人は下の方だけ薄緑色のソフトクリームを受け取ったあと、その不格好さにくすくす笑っていた。


「……君の前世は大悪党か」
「えっなんでですか?!見るからに聖人君子じゃないですか、めちゃくちゃ徳を積んだ人間でしたよ絶対!」
「例えば?」
「……さ、サンタさんとか」
「へえ、それはすごい」


「ツッコんでくださいよー!」わっと騒ぐ彼女をハイハイと流したら、思わず気の抜けた笑いが漏れた。それには気付かずは恥ずかしそうに頬を赤くしたまま、下のわさびの部分を口にした。


「あ、わさびおいしい。安室さんもどうぞ!」
「僕はいいよ」
「くっ…つれない…」


 そういう意味か。「歪みないな、君」「それは安室さんもですよね…!」お互い言い合い、それからどちらともなく笑ってしまった。

 自分は人の人間性なりを見抜く能力に秀でていると認識しているが、そうでなくとも彼女のことは、見ているだけでよくわかる気がしていた。まさか聖人君子とはいわないが。

 たぶん、君のそういうところが、離れがたいと思わせるんだろう。


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