school festival

促されるまま教室を覗くと、すぐ近くの机で書き物をしていたと目が合った。


文化祭一日目のクラスでの仕事が午前で終わると、複数の友人と一緒にのクラスに向かった。とは午後の二時間だけ被っている休憩時間で一緒に回ろうと事前に約束していたのだ。出し物をする場所は文化祭実行委員会で割り振られ基本的に自分の教室とは別になるため、本来二つ隣ののクラスへ行くにも一階分上がる必要があった。
彼女のクラスでは喫茶店を催しているらしく、先程すれ違った宣伝担当の持つ看板には「フクロウ喫茶」と、校名にかけた店名とデフォルメされた梟のイラストが大きく掲示されていた。メニュー内容も準備段階でからいろいろと聞いていたが、目玉メニューがデコレーションアイスだと聞いたときは時期的に大丈夫かと口を挟まずにはいられなかった。冬こそまだ先だが、すでに肌寒くなってきている。今の時期では暖房も入らないため心配していたのだが、運良く今日の気温は他の日に比べ高めで、加えて在校生以外の人間も多く出入りする校舎内は常に熱気が漂っている。この様子なら企画者の目論見通り売り上げは上々だろう、と部外者ながらに想像する。

教室、もとい喫茶店内の入り口のすぐ近くに出した机は会計らしく、はそこに座り食券の整理とノートに帳簿をつける作業をしていた。来客の気配に顔を上げ、俺を視界に入れるなり目を丸くしたを見下ろしたまま、「お疲れ」と声をかける。


「京治くん!」


ぱっと笑顔を咲かせた彼女は立ち上がり、机を回ってこちらに駆け寄った。「、五名ね」教室の外に立っていた男子生徒が俺たちの人数を告げると、彼女は一瞬顔を強張らせ、それから店内を見回した。
内装は、名前の通り葉が生い茂る木々や至るところにあるフクロウのぬいぐるみで飾られている。まさに森の中の喫茶店といったところで、手作りながらも雰囲気のある店内は好感が持てた。予想通り客足も伸びているらしく、混雑した座席を見る限り五人というそこそこ大所帯の席を確保するのは難しそうだった。そもそも五人以上の来店は想定されていないらしく、ざっと見たところ二人席と四人席しか作られていない。今、テーブルのセッティングが終わった四人席が空いたが、両隣の二人席は男子生徒で埋まっている。「えーっと…」背を向けるが困ったように目線を巡らせるのを察し、声をかける。


、すぐ休憩入れる?」
「えっ、うん…」
「じゃあ昼飯食べに行こう。こいつら四人席に案内してやって」


隣で待っていたクラスメイト四人を指差すとも合点がいったらしく、「わかった!ありがとう!」目を丸くしてお礼を言ったのだった。
じゃあなと手を振りの案内で奥の四人席に移動する彼らを眺める。きょろきょろと辺りを見回している様子から、お目当ては見つけられていないようだ。特に興味は湧かず、すぐに目線を移しての後ろ姿を追う。は着席した彼らから離れると、リーダーらしき女子に声をかけ、間仕切りの裏へと消えていった。
ここで突っ立ってるのは邪魔か。思い、廊下に出る。相変わらず人通りは多いため、壁に背を預けて待つことにした。
手持ち無沙汰だったため、制服のポケットから携帯を取り出してこの二日間のシフトを確認していると、自然と先ほどのが思い出された。飲食店の出し物では三角巾とエプロンを着用する決まりのため、彼女はオレンジ色の花が散りばめられたエプロンと桃色の三角巾を身につけていた。それらは彼女によく似合い、初めて見たはずがそう思わせないほど馴染んでいた。そういえば去年の誕生日にもらったスポーツタオルもオレンジだったっけ。あれも多分、俺よりの方が似合うんだろうな。だとしても、そんな彼女らしい物を贈られたことが嬉しくて今も大切に使っている。


「お待たせー」
「、ううん。全然」


気付くとが教室を出てきていた。エプロンと三角巾は脱ぎ、ブレザーを着て普段と同じ格好をしている。かく言う俺も同じなので、見慣れた制服姿に妙な安心感を覚えた。


「お疲れ。繁盛してたね」
「京治くんもお疲れさま。おかげさまで大盛況だよ!さっきはごめんね」
「いや」


肩をすくめてはにかむをうかがうように少しだけ首を傾ける。あの四人とは行き先がたまたま同じだっただけだから問題ない。元より、俺だけはと合流するために来ていたのだ。空いていて、なおかつの休憩まで時間があったら同席していたかもしれないが、どちらでもよかった。「明日部活の人たちと行くよ」以前から話していた通りの予定を伝えると、はホッとしたように頷いた。

校舎の外に出店している、祭さながらの屋台を目指して歩いていく。これも二人で事前に話して決めていたことで、部活の先輩のクラスが売っている焼きそばを買いに行くのだ。まずは外に出るため階段を目指しているが、人混みに紛れて歩くため進むのにも時間がかかった。


「あ、曲使ってくれてる!」
「え?」


ふと、唐突に声をあげたに振り返る。後ろを歩いていた彼女は、なぜか目を輝かせて上の方を見上げていた。つられて目線を上げるも、天井から吊り下げられた提灯くらいしか見当たらない。どうやら時代劇をするクラスの前の廊下らしい。
わけのわからないまま再度振り返ると、は真上を指差して「わたしもリクエストしたの」と言った。何のことかと考えを巡らせ、ようやく耳に入ってきた音楽に得心する。ああ、そういうことか。
文化祭が始まってからスピーカーから流れている音楽のことだ。音量がかなり絞られているためBGM程度ではあるが、そういえば曲の募集を放送委員か実行委員かの主導で行っていた気がする。興味がなかったのですっかり忘れていた。
がリクエストしたという曲を聴こうと喧騒を掻い潜るように耳をすませて集中するも、聴きなれない曲のため歌詞が聞き取れない。かろうじて明るい曲調であることがわかる程度だった。


「京治くん知ってる?」
「いや、知らないな。音楽はあんまりわからなくて……何かに使われてたの?」
「これは使われてないよ。別のはCMになってたけど」
「ふうん、そっか」
「……もしよければアルバム貸そうか!今年イチのおすすめだから聞いてほしい!」
「え、いいの?ありがとう」


「こちらこそ!」口を開けて笑うにつられるように笑みを零す。早速明日持ってくると約束した彼女はそれから、そのアーティストとのCDショップでの運命的な出会いを語った。自分が音楽に疎い分、の音楽の話はいつも新鮮だった。
一つ階を下ると俺のクラスの出し物をしている教室がすぐ隣にある。も場所を把握しているらしく、「少し見てみたい」と言って一階へ降りる階段から方向転換し、廊下を覗き込んだ。


「わー、本物みたい…」


外観を見上げるにならって教室の壁や廊下を見遣る。壁は暗幕で覆われ、同じく真っ黒の天井には眼球や下へ伸びる手が貼り付けられている。言うまでもなく、お化け屋敷だ。この手の装飾物の製作が得意なクラスメイトがリーダーとなって作り上げたらしいセットや小道具は、かなり本格的に作り込まれていた。「すごいよね」俺も初め見たとき感嘆した。部活を理由にロクに準備に参加しなかった俺を含む初見の数人で試しに入ってみたが、中もよく作り込まれていた。当日の担当が受付のため、中に入ったのはその一度きりで詳しくはないが、今も女子生徒の悲鳴が聞こえてくるあたりうちのクラスも盛況のようだ。


「わたしも明日遊びに行くね!」
「うん」


は満足したらしく、行こうと言って踵を返した。続いて俺も振り返る。


「京治くん、今日午前中ずっと受付してたんだよね」
「ああ、してたよ」


階段を降りながら切り出された質問に考えることなく肯定する。シフトの話だろうか。明日は午後から通しだという話を以前にしてから変わってはいないのだけど。一段一段、踏みしめるように降りていくの斜め後ろをついていく。


「うちに来たお客さんがね、お化け屋敷の受付の人がかっこよかったって話してたんだよ。京治くんのことかなーって思ってた」
「それは……さすがに違うんじゃないかな。他のクラスもお化け屋敷やってるし」
「そうかなあ」


俯いた視線のまま、は煮え切らない相槌を打った。気分がいいのか悪いのか、彼女にしてはあやふやな声音だった。とはいえ、肯定するほど自意識は過剰ではないためこう返すのが当然だと思うんだけど。が今どんな表情をしているのか気になったものの、ここからではよく見えなかった。
一階に着いてようやくこちらを振り返ったは、普段と変わらずいつものように口角を上げて俺を見つめていた。それが、ふっと細められる。……あ、嬉しそう。


「ふふ、幼なじみの京治くんがかっこいいって褒められると、いい気になってしまうね」


満面の笑みは堪え切れないといったように誇らしげだった。朗らかな表情に安堵すると同時に、思わぬ台詞に呆気にとられてしまい、言葉を詰まらせる。


「……もエプロン、似合ってたよ」


逡巡の末、そんな言葉が口をついた。果たして突拍子なくなっていないか、このときは考えている余裕がなかった。
言いたかったことではあった。決してその場しのぎの話題転換などではなく、本心だった。真の褒め言葉に「ありがとう!」と嬉しそうに笑みを深めるにかけたい、もっと適当な言葉はあったけれど。

「フクロウ喫茶にエプロン姿が可愛い女子がいる」そんな噂を聞きつけたクラスメイトに俺がそこへ行くことを知られ、成り行きで同行することになった。目当ての女子が誰なのかわからないままだったが、少なくともではないのだろう。彼らの目には留まっていなかった。単に、俺の親しい幼なじみだと重々承知しているせいかもしれないが。


「へー…何かと思ったら、そんな噂が立ってたんだね」
「まあ、ほんの一部でだけだろうけどね」


噂の話をすると、は盛況の理由の一つに合点がいったように頷いた。ただし該当者をはっきりと答えられはしないようで、一人のことを言ってるのかなと顎に手を当て考え込んでいる。
喫茶店に限らず演劇など、いつもと違う格好をしている人は自然と目に留まるのだろう。その気持ちがわからないと言える立場ではない。だとしても、が可愛く見えるのは俺だけでいいと思っている。


「……あ、もしかして京治くんもその子探しに来てた…?」
「いや。俺はに会いに来ただけだよ」
「そ、そっか。へへ……ありがとう」


照れ臭そうに頭をかく。じっと見下ろし見つめていると、自然と口元が綻ぶ。俺の言葉でが喜ぶなら、惜しみなく言ってあげたい、と思わせる。

「似合ってる」だけじゃなくて、「可愛い」と言ったらどんな反応をするだろう。明日のクラスに行ったときに言ってみようか。そんなことを考えながら、二人並んで歩く時間が楽しかった。