「隊長、お散歩にいきましょう」


 四番隊から回ってきた書類をぴっしり一分のズレもなく精巧に折り、会心の出来、さあ気持ちよく飛んでおいきと送り出したのに、それはあっさり隊長の机に墜落した。わたしの作る紙トンビはいつだって上手に飛んでいかない。どうしても軌道がふにゃふにゃ不安定に曲がりくねって、まっすぐ進んでくれないのだ。試行錯誤した自作の折り方がいけないのかしら。だとしても、目指すは窓から見える外の世界。目を閉じて、想像してみる。わたしの折り紙が、青空を一直線に飛んでいく。うーん、今日は空が美しい。「ねえ、行きましょうよ」
 隊長は今しがた突っ込んできた紙トンビを手に取ると、「アカンな、折り方がなってへん」と広げ、広げたまま脇に置いて、六番隊から回ってきた書類をすいすいと折り始めた。


「それは六番隊に回し返さなきゃいけないやつでは?」
「盛大に書き損じたからええねん」
「ほう」


 言いながら迷いのない指によってあっという間に完成した紙トンビは、どうやらわたしが作ったものとは形状が違うようだ。それを、隊長がひょいっと飛ばす。まっすぐまっすぐ、快適な空の旅を終え、目的地であるわたしの机へと着陸する。こてんと右翼に傾いて倒れるところまで、完成されていた。「いやあ」思わず感嘆の声をあげてしまう。


「素晴らしいですねえ、隊長、これはいかなる折り方を……ほうほう、ここをこうすればよいのですね」
「誰やねん」
「わたしもこう折ればあの空へ」
「アホか。執務室の窓から書類飛んでったら俺が怒られるわ」
「駄目ですか」
「駄目や」
「ちい」
「舌打ち下手クソか」


 隊長は明らかに効いていませんというように肩の力を抜くと、おもむろに席を立ちスタスタと入口へ歩いて行くようだった。厠かなとぼんやり目で追っていると、ふいに振り返られたものだから、おっと目を丸くする。「行くで」短い一言。一瞬、ほうけて、次にはあっと椅子の背もたれから背中を離していた。
 急いで駆け寄る。てっきり流されたと思っていた。でもそうか、そういえば、隊長はわたしに甘いのだった。いつだってわたしのお願いを聞いてくれるものね。紙トンビが外出するのは駄目らしいけれど、お散歩には付き合ってくれるみたいだ。いやはや、隊長格というものは、なんとも偉大である。


◇◇


 わたしは体力がないので、すぐに茶屋に入ってお茶菓子を頬張ってしまうのだけれど、こんなことにも隊長はついて来てくれる。緑茶をすすりながら、隊長格は偉大ですなあと口にすると、隊長は座った長椅子に手をついて、うっすい賛辞やなあと呆れていた。
 わたしがことごとく軟弱であることについて、隊長は特に何も言わないけれど、なんともまあ、体力のなさは死神として致命的だろう。虚退治なんて、相手が数に物を言わせてきたらすぐにやられてしまう。ああ恐ろしい。お茶をあおった拍子に空を見上げると、空がすっと高かったので、三秒前の憂鬱などどこへやら、幸せな気分になる。


「美しいですねえ」
「せやなァ」
「隊長、今度稽古つけてください」
「……ええよ」


 頷いてくれる隊長は、わたしがどうせ三十分も持たない内に飽きてやめてしまうことを知っている。それを軽く咎めるだけで必要以上に、いや必要以下にすら言わない平子隊長は果して偉大なのだろうか。甘やかしすぎじゃあないのだろうか。


「厳しくしていいので」
「なんや、珍しなァ」
「ちょっとは強くならないと、死んじゃうと思って」
「そらまあな」


 わたしが弱いことを否定せず、ただし傷がつくほど責めない。そういう隊長が、わたしは、……ええと、何と形容するのが適しているだろう。
 たとえば、もしどこかの死神が振るう鬼道系の斬魄刀に、対象の本心を露呈させる能力があったらどうだろう。使いましょうかと問われても、きっとわたし、いりませんと言ってしまいそう。本当のところ、隊長がわたしのことをどう考えているかなど、きっと知らないほうが幸せだ。

 お茶を飲み終えると、「そろそろ帰るか」と隊長が立ち上がる。見上げたけれど、一瞥してすぐ手元に下ろしてしまったので、表情はよくわからなかった。
 いつだって手を差し延べるのは隊長で、取るのはわたしだ。握った手は確かで、ふいに、一生変わりたくない、と縋ってしまいそうになる。隊長の寛容と甘さをあやふやにごまかしたまま、幸せとして享受し続けたい。だって隊長と、ずっとこうして美しい空の下にいたいもの。